あなたがいてくれるから
─コンコンコンッ
扉が叩かれる。帰ってきたのか。
なら、勝手に入ってくれば良いのに。
─コンコンコンッ
「……チッ」
(男同士なんだし、さっきの雰囲気的に勝手に入ってこいよ。……いや、待てよ?)
この部屋の扉を叩くのは大抵、遊んで欲しいとかいう女ばかりだ。あとは、薄い繋がりの友達とか。
(もしかしたら、そいつらか?いや、でも、あいつらもいつも勝手に入ってくるしな……)
どっちにしろ面倒くさいと思っていると、
─コンコンコンッ 三度目。
しつこいなと思いつつ、扉を開ける。
立っていたのは、長い黒髪の女。
見知った顔に、心臓が変な音を立てる。
「こんにちは。─あ、今はお取り込み中ではないですか?」
細面に、大きな瞳。彼女の瞳の中にはいつもと違い、自分が映り込んでいる。
華奢な身体で、強く抱き締めれば折れてしまいそうな立ち姿で、重そうな書類を抱えて……。
「あの?」
「…なに」
「あ、えっと、誉に言われて、誉の転入に関する書類を持って来たんですけど、同室の人が取り込み中だから、今くらいの時間に行くように言われて……すみません。誉に出るまでノックしろと言われてたんですけど、お邪魔しましたか?」
「……っ」
思い出す、あの一瞬の笑顔。
苛立ったが、それを目の前の彼女にぶつけても仕方が無い。そんなことより、あの男は彼女と知り合いだったのか。
「っ、はぁ……」
「あっ、すみません。また、誉が余計なことをしたのでしょう?不愉快の時は、はっきりと伝えて下さいね。じゃないと、余計に腹が立つ要因になりますから」
(……そこまで知ってる仲ならば、あいつを彼女と同じクラスにすれば良かったのに)
寮室が一緒の場合、クラスは同じだ。
今回、あの男はこの部屋に越してきた。つまり、自分はあの男と同じクラスになる。
一方、彼女は自分と同じクラスじゃない。
このことから、あの男と彼女のクラスは離れていることがわかる。
「─用件は?」
早く切り上げよう。余計な思考に至る前に。
「あ、そうでした。では、この資料を誉の机の上に置いていてくださると助かります。お手数お掛けしますが……」
ふわっと、花が綻ぶような笑顔。
胸がざわつくような、そんな感覚。
「うん」
見たくない。─どうして、あいつが同室なんだ。
「夜分遅くに失礼しました」
時刻は、20時前。
基本的に異性の寮への立ち入りは禁止されているのに、わざわざ届けを出してまで……ふたりがどんな関係なのかはわからないけれど、変に苛立って仕方が無い。
「……」
扉を閉めて、何となく、扉を背に座り込む。
変な音を立てる心臓に、
「最悪……」
深いため息をこぼした。