全部、俺のものになるまで
だけど──背後に気配を感じたとき、動きが止まった。

「……君とは、一度、セックスしたな」

低く囁かれ、背中に熱が触れる。

振り返る前に、彼の腕が私の体を包んでいた。

思わず、私は一歩、彼から距離をとった。

「一度きりです。」

言葉を吐き出すように答える。

事実だから、誤解ではない。

そう、あの夜──

彼に抱かれても、昇進も、特別扱いも、何ひとつなかった。

快感だけを与えられ、何も得られなかった。

むしろ期待した自分が、バカだったと思い知らされた。

私は、社長から視線を逸らす。

「……もう、終わったことです。」

口の中が乾く。

けれど彼は、その場から一歩も動かなかった。

「終わったこと、か……」

社長はぽつりとつぶやいた。

その声には、わずかな落胆が滲んでいた。

「てっきり、君から誘われると思ってたよ。」
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