幼なじみの心は読めない、はずだったのに!

飛躍していく一方 平田友紀 視点



「しっかしまぁ会うたんびに可愛さ爆発してんなぁ、オメェは。やっぱ俺の妹は宇宙一可愛いわ」
「いや、だからなんでいるの? お兄ちゃん」
「おいおい酷ぇな! ここ俺ん家でもあるだけど!?」

 家を出てからろくに帰っても来なかった私の兄、朝陽(あさひ)。昔から私のことを「可愛い可愛い」とうるさかったお兄ちゃん。でもその言葉は非常に軽いもので、なんの価値もないってことを私は知っている。もう可愛いが口癖なのよ、この人の。

 だってお兄ちゃんは、のらりくらりのクズ野郎だから。お兄ちゃんが高校生の時、毎日別の女の子を連れてきてた記憶しかない。誰にでも「可愛いな~」って言ってるお兄ちゃんは幼いながらクズなんだなって思ってた。

「帰れよ朝陽」
「あ? いいのかぁ? お義兄様にそんっな口の聞き方して」
「うぜー」
「こんの生意気なガキがよ!」
「やめろ、触んな。クズが移る」
「人を病原菌みたいに扱うなクソガキ!」

 ねえ、ちょっと待って? 郁雄とお兄ちゃんってそんな仲良かったっけ? 昔からお兄ちゃんのこと毛嫌いしてるイメージはあったけど、なんかこう昔とはちょっと違うような?

「2人ともそんな仲良かったっけ?」
「あ? 郁雄からなんも聞いてねーの?」
「黙れ、余計なこと言うなクズ」
「あぁん!? こんのっ」
「ただいま~。で? なんなの? 話って。なに、デキちゃった?」

 帰ってきて早々、お腹に手を添えてハートマークを作ってジェスチャーしてくるお母さんに心底げんなりする私。

「あのさ、本っ当にやめてそれ。恥ずかしい」
「はあ? いいじゃん別に~、どうせヤることヤってんでしょ~?」

 私のお母さんはこんな感じの人です。適当なのよ、信じられないくらいデリカシーもない。

彩実(あやみ)やめなさい。ただいま友妃、郁雄君」
「うす」
「おかえり、お父さん」
「はっ、ほんっと堅っ苦しい男ね~? あんたは」
「君がざっくばらんすぎるだけだ」

 平田家夫婦は嫁が元ヤン、旦那は現在進行形エリートという凸凹夫婦。学生の時に知り合って、こんなんでもお父さんのほうがお母さんにベタ惚れして、なんとか結婚までこぎつけたとか?

「おじさんおばさん、友紀俺のになったからよろしく」

 俺のって言い方よ……まあ、彼女でもないし? そんな言い方しかできないだろうけど。

「おいおい、やっとかよオメェら。好きな女口説くのに拗らせてるようなクソガキに妹はやらんと思ってたが、まあ仕方ねぇな。やるよ」

 おそらくお兄ちゃんは昔のお母さん似なんだと思う。見た目はお父さん似だけど、性格は絶対にお母さん。

「うちのクソ鈍感娘が悪かったね~? 郁雄」
「まあ、そういう友妃も死ぬほど可愛いけどな」

 ああ、そうか。当然のごとくうちの家族も郁雄の素を知ってるってことか。今までどういう心境で見てたの? 騙されてる娘を見てどう思ってたの?

 母『ギャハハ! まじでウケるわー! おもろすぎ!』父『彩実、やめなさい。郁雄君は真剣なんだ』
兄『キメェー! くっそキメェー!』母『てか友妃も友妃でやばいっしょ~』父『友妃は素直な子だからね』兄『我が妹ながら鈍感すぎてウケるわ~』

 絶対にこれでしょうね。

「で? 実際のところどうなんだよオメェら。1発や2発くらいチョメチョメ済んでんだろ? いくら奥手な郁雄ちゃんでもよ」
「ぶぅーー!!」

 飲んでた紅茶を思いっきり噴射した私。お兄ちゃんのクズさには心底呆れる。もぉ本当にうざい、まじでうざい。デリカシー皆無すぎる!

「その反応はヤってんね~?」
「やめなさい、朝陽も彩実も」
「んなもんヤることヤったに決まってんだろ」

 おい、なにを言っているのかな? 郁雄くん。そのセクシーなお口チャックしようか? できないなら私が縫いつけてあげようか?

「へぇー? 俺はてっきりこのクソガキにはち○こ付いてねぇのかと思ってた」
「黙れカス」
「俺がマブイギャルの動画送ってやってた恩を忘れたのか!?」

 カス以外の何者でもないお兄ちゃんに心底嫌気が差して、初めて兄妹としての縁を切りたいと思った。そもそもいつの間に連絡先なんて交換してたのよ、郁雄とお兄ちゃん。

「だいたいあんなしょーもねぇ動画で俺が興奮するとでも? 俺は友妃以外興味ねえっての」
「ギャハハ! ウケるウケる! 郁雄かっこうぃ! ねぇねぇ! あんたも言ってみ! 『僕は彩実にしか興奮しませんよ』って……あ、昔あんたがよく言ってたセリフじゃん! 胸キュン胸キュン!」
「こら、子供達の前でやめなさい」

 お父さん、そんな恥ずかしそうな可愛い反応しないで。見てるこっちまで恥ずかしくなる。とにかくうちの家族は、お母さんとお兄ちゃんが下品極まれり。

「お邪魔します~あらいやぁん友妃ちゃん! ほぉんといつ見ても可愛いわぁ」

 犬を愛でるように私をわしゃわしゃ激しく撫でているのは郁雄のお母さん、浩子(ひろこ)さん。相変わらずの美魔女っぷり。

「いらっしゃい、浩子さん」
「俺と友妃、そういうことだから」

 お、おお……やっぱ家族の前でもこっちの郁雄なんだ。私といる時は浩子さん達の前で猫かぶりしてたってことになるよね……? それってどうなの? 自分の息子があんな猫かぶりしてたなんて、浩子さん達どう思ってたんだろ。

「友妃ちゃん驚いたでしょ~? 郁雄の豹変っぷりにぃ。ほぉんと我が息子ながらイカれてるわ~って思ってたのよね~。友妃ちゃんにバレちゃうんじゃないかってずっとヒヤヒヤしてたのぉ!」
「ネタバレした時の友妃、死ぬほど間抜けヅラでウケたわ~。動画撮っときゃよかったな、記念に」

 なんの記念よそれ! そもそもウケないし、郁雄だけは絶対に笑うな! それだけは許さん! 私はキリッと郁雄を睨みつけた。

「(そんな睨んでも可愛いだけだけど?)」

 もう!!

「あれれ? 正一君は?」
「ちょっと出てるの~」

 あ、お母さんが正一君って呼んでるのは郁雄のお父さんね? ちなみに郁雄はお父さん似で本当にそっくり。郁雄をダンディーにして、もっとこうがっしりさせた感じの人。めちゃくちゃいい人だけど寡黙。でもお酒を飲むと人が変わったように陽キャになる。

「てかうちの子で本当にいいの~?」

 お母さんの言いたいことは分かるよ。郁雄は元々家業を継ぐつもりはないって昔から言ってたし、浩子さんも正一さんも無理やり継がさせるような人達でもない。だけど郁雄ってひとりっ子だし、やっぱ継ぐってなるんじゃないかな? って……いやいや、飛躍しすぎ! 結婚前提みたいなの勘弁して!

「あらやだぁ! 私は友妃ちゃん以外に郁雄をあげるつもりは一切なかったわよ~? 友妃ちゃん以外の女の子を連れてきた暁には勘当してやるって決めてたものぉ♡」
「ウケる~!」

 いや、ウケないよお母さん。

「友妃ちゃんなら大歓迎よ~? むしろ友妃ちゃん以外の女の子はノーサンキュ~♡」

 こわいこわい、満面の笑みなのに瞳の奥底が全く笑ってないその感じは怖いって! たしかに昔から浩子さんには自分の子供のように可愛がってもらってきた。でも、こんなブラックな一面があったなんて、知らなかったな。

「あ、ありがとう……ございます……?」
「今日は友妃ちゃんと郁雄の婚約祝いしなくっちゃあ♡」
「ハハハ」

 気が早すぎるのでは? なんて口が裂けても言えない雰囲気に息を呑んだ。

 それから話は飛躍していく一方で、「結婚は~」「結婚式は~」「住むところは~」「孫は何人~」などなど、げっそりしていく私。体感的に5キロは痩せた。

「生きてる?」
「なんとか」

 郁雄の瞳を覗くと──

「(これで逃げらんないでしょ)」

 ん?

「(こういうのは周りも利用しなきゃな)」

 んん?

「(両家公認、こんだけ祝福されてんのに俺を選ばない選択肢なんてなくね?)」

 にっこり微笑む郁雄に笑みが消え失せる私であった。
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