幼なじみの心は読めない、はずだったのに!

ただの幼なじみじゃいられない 平田友紀 視点



「汚ぇ手で触ってんじゃねぇよ、殺すぞテメェ。死ね」

 郁雄のこんな怖い顔を見たことがなくて、背筋がゾッとして冷や汗が止まらない。

「いででで! おっ折れる! 助けてくれ!」
「お巡りさんこっち!!」

 保科さん、警官連れてきてくれたんだ。

「ちょっと署まで来てもらうよ……ってちょっと君、もう放していいぞ」
「殺す」
「い、郁雄」
「君! 放しなさない!」
「あ?」

 警官を睨む郁雄の瞳は酷く冷めていて、心を読もうとしても怒りの感情しか伝わってこない。

「ちょ、あんたの幼なじみってこんな男だったっけ……?」

 保科さんは郁雄に怯えて、腕をへし折られそうになっている男の人は半泣き状態で警官に助けを求めている。

 この状況は非常にまずい。

「郁雄、ねえ郁雄ってば……郁雄!!!!」

 私の声がようやく郁雄に届いたのか、我に返った郁雄は男の人を警官に突き出した。よぼよぼと警官に連れていかれる男の人の後ろ姿は情けないものだった。

「君達もそこの交番で話を聞くから」
「はい、分かりましっ」
「おい、オメェが友紀を巻き込んだのか」
「ごっごめん……こんなことになるなんて」
「あ? 舐めたこと言ってんじゃねぇぞ、謝って済む問題じゃっ」
「郁雄! やめて、私が勝手にしたことだから」

 保科さんを責め立てる郁雄を止めて、警官は郁雄に警戒をしていたのか応援を呼んでいたみたいで、数人の警官に囲まれるという大事な状況になってしまった。

「君名前は? ちょっと調べさせてもらってもいいかな」
「あ? 善良な市民疑る暇あんならクズ共始末しろよ」
「ちょっと郁雄! あの、本っ当にすみません!! 普段はこんな人じゃないんです! 私のことになるとちょっと過剰になってしまうというかっ」
「あ? 過剰でもなんでもねぇよ。だいたいお前もお前で何してんだよ。なんで俺に何も言わなかった、なんで頼らなかった。一人で突っ走って何とかなるだなんて本気で思ってたのか? 甘ぇんだよ、危ねぇだろうが。そんなことも分かんねぇの?」
「……だ、だって……」
「だってもクソもねえ、ふざけんな」
「あぁうん、まぁまぁ、君が彼女ことをとても大切にしているのは十分に分かったから、そういうのも含めて交番で話そうか。親御さんも呼ぶからね」


 事情聴取を受け、お母さんと浩子さんが迎えに来た私と郁雄はすんなり帰してもらえた。保科さんは当事者ということもあり、まだ時間がかかりそうだとのこと。浩子さんと乗り合わせで来たというお母さん。帰りの車内は殺伐としていて、私を危険な目に遭わせるとは何事だと郁雄を叱る浩子さんを私とお母さんで必死に宥める。

「浩子さん」
「まぁまぁ、もうその辺にっ」
「友紀ちゃんを危険に晒すなんて何を考えてるのよあんたは!」
「うっせぇな、俺があんな男に負けるわけねぇだろうが」
「そういう問題じゃないの! 結果論でしょそれは! 友紀ちゃんがいるのに相手や警察官を挑発するような真似して……もしも友紀ちゃんに何かあったらっ」
「そんなことあるわけねぇだろうが、死んでも友紀には触れさせねえ」
「いいかげんにしなさい!」
「俺は友紀を守った、それの何がいけねえっつーんだよ!」
「守るという意味を履き違えるなって言ってるの!」
「まぁまぁ、元はと言えばうちの馬鹿娘がしでかしたことだし、郁雄が友紀を守ってくれてわたしは感謝してる。郁雄の守り方もわたしからしたら間違っちゃいない。浩子ちゃんが言いたいことも分かるけどね」

 実質、保科さんを助けたのは私じゃなく郁雄だ。郁雄が来てくれなかったらあの人を警察に突き出すことはできなかった。郁雄には迷惑をかけちゃって本当に申し訳ない。

「浩子さん、私のせいだからそれ以上は……本当にごめんなさい」
「友紀ちゃんは女の子なんだからちょっとでも危険を感じることにはちゃんと郁雄を連れていきなさい」

 私が保科さんを助けたいと思った気持ちと行動は否定しない、そんなところが浩子さんらしい。

「男のひとりやふたり、のせるようになんなさいよ友紀。わたしの子なのに女臭いったらありゃしない」

 お母さん、それはちょっと価値観ずれてない?

 駅と家までの距離なんてしれてて、車だとあっという間だった。

「郁雄、あの……」

 郁雄はなにも言わず車から降りて細谷家に入っていった。
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