幼なじみの心は読めない、はずだったのに!
「あの子ったらごめんね? 友紀ちゃん」
「いえ……すみません、ありがとうございました」
「いいのいいの」
「んじゃ帰って馬鹿娘の説教でもするわ」
「もぉ彩実ちゃんほどほどにね?」

 それからお母さんの謎な喧嘩論が始まり、「気持ちは分かるが弱ぇなら危ないことには首突っ込むな!」と言われる始末。仕事を切り上げて帰ってきてくれたお父さんにお母さんの相手を押しつけて部屋に戻った。

「はぁ……」

 お母さんの言う通りだ。なにもできないくせに能力があるからって過信して、正義感を振りかざして、私は一体何がしたかったんだろう。

 悔しくて涙が滲む。

 目から涙がこぼれ落ちそうになった時、窓にコツンと何かが当たったような音が聞こえてカーテンを開けると、郁雄がベランダに出ていた。

「(そっち行ってい?)」

 窓を開けてベランダに出ようとしたら郁雄がひょいっとこっちに飛んできた。

「危ないって言ってるでしょ、やめてよそれ」
「……ごめん、友紀。さっきは言いすぎた」
「ううん、私のほうこそごめん」

 見上げると、寂しげな伏し目をしている郁雄と視線が絡む。

「友紀に触れてる男を見た瞬間、たがが外れてた。ごめん、怖かったろ」

 あの時の郁雄はたしかに怖かった。だけどそれは、私を大切にしてくれているってことだってちゃんと伝わってるよ。郁雄の愛はちょっと重いってこと、私は知ってるから。

「ごめんね郁雄、巻き込んじゃって」
「巻き込まれたなんて思ってねぇよ。友紀が優しいのも頼られ気質なのも誰かを助けてやりてえって思うその強い心も、否定したかったわけじゃない。俺は友紀のそういうところも全部引っ括めて好きだってのに、否定しちまった……ごめんな」

 少し前までは、頼りなくてとろくさくてどうしようもないただの幼なじみだってそう思っていたのに、今は違う。大切な幼なじみだという気持ちは変わらない。けれど、もうただの幼なじみじゃいられない。

 私には郁雄が必要なの。
 私は── 郁雄のことが好き。

「好き」
「……は?」
「好きなの、郁雄のことが」
「いや、え?」
「好きなの! 幼なじみとしてとかじゃなくて!」

 若干キレ気味な私の言葉に動揺している郁雄に、更に追い討ちをかける。

「だいたい私のこと好きって言ってたくせに生徒会長にあんなことするなんてほんっと最っ低! この浮気者!」
「はあ!? ちげぇって! あれはマジで誤解なんだって!」
「誤解って、誤解も何も押し倒してたじゃん!」
「だぁから! 会長が滑って転びそうになった時、咄嗟に俺を掴みやがったから俺まで転んだんだっつーの! 会長がそのことを友紀にちゃんと説明するって言ったもののどっかの誰かさんが逃げ回るしよ!」

 たしかに生徒会室の床はなぜか滑りやすい、何人も転んでるし私も実際に転びそうになったことはある。

「(ったく、あの女のせいで誤解されていい迷惑だわ)」

 郁雄が嘘をついている様子もない。私が理由も聞かず勝手に勘違いしてモヤモヤして怒ってただけ? 無駄な嫉妬してたってこと? いや、恥ずかしすぎる。

「あ、あはは……えっとぉ、ごめんなさい」
「まあ誤解が解けたんなら別にいいけど」
「(ま、あの状況すらも利用してやったし?)」

 ニヤリと悪い顔をする郁雄にしてやられた感が否めない私。

「(俺のことで頭がいっぱいで日々悶々と過ごしてただろ? それでいい、友紀は俺のことだけ考えていれば)」
「もう!」
「ははっ、あの状況を見て嫉妬してくれるとか嬉しすぎてさぁ、マジにやけそうだったわ~」

 何もかも計算で想定外のことが起こっても、それすらもプラスになるよう仕向ける── なにこの男、本っ当にあなどれない!

「(怒ってる友紀も可愛い。ほんっと好き、愛してる。あぁもっと伝わんねぇかなぁ、俺の気持ち。友紀は俺だけのもの、他の男に触らせない、友紀は俺だけを見ていればいい、その瞳に映すのは俺だけでいい。誰にも見せず、誰にも会わさず、縛って閉じ込めておければいいのにな)」

 そんな物騒なこと言わないで、というか心の声うるさい!

「(友紀、死ぬほど愛してる。聞こえてんでしょ? なぁ、友紀は? 俺のこと死ぬほど愛してる?)」
「ちょっ、郁雄……!」
「(わからせようか、心と体にも。全身で俺だけ感じてろ)」

 幼なじみの心は読めない、はずだったのに! 激重感情をぶつけられて困っています!
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