推しに告白(嘘)されまして。
「…な、名前で呼んで欲しいって、下の名前でってことだよね?何で急に?」
脳内は沢村くんの尊さでわけのわからない思考になっていたが、何とか表面上は平静を装って、笑顔で沢村くんに理由を問いかける。
すると沢村くんは言いづらそうに視線を伏せた。
「…鉄崎さん、華守のことは名前で呼ぶでしょ?でも俺のことは名字だし…。鉄崎さん…いや、柚子の彼氏は俺なんだし、彼氏として名前で呼ばれたくて…」
目の前で未だに頭に犬耳を生やし、垂れさせている沢村くんの言動に鼓動が早くなる。
な、何と可愛らしい理由なのだろうか。
私の彼氏だから、ただそれだけの理由で、下の名前で呼ばれたがっているなんて…。
しかも今、さらっと私のことを〝柚子〟と名前で呼んでくれた。
我が人生に一片の悔いなし、だ。
胸がいっぱいになり、今すぐにでも衝動のまま、首を縦に振りたいと思う。
…だが、私にはどうしてもそれができなかった。
「…お、恐れ多い、です。私なんかが沢村くんを下の名前で呼ぶなんて…」
あの沢村くんのことを気軽に下の名前で呼ぶなんて、例え沢村くんからのお願いであっても、どうしても私には無理な話だった。
沢村くんからのお願いに応えられず、罪悪感でいっぱいになる。
そんな私を沢村くんは少し困ったように見つめた。
「柚子は俺の彼女なんだし、恐れ多くなんてないよ?」
「…え、あ、そうだけど。で、でも…」
なかなか首を縦に振れない私を見て、沢村くんの表情がどんどん曇っていく。
私がそうしているのだと百も承知だ。
けれど、恐れ多くて本当に下の名前で呼べないのだ。
…いや、だが、推しである沢村くんにあんな表情をさせてもいいのか。良いわけがない。良いわけがないだろう。