一年だけの契約妻で、ほぼ放置されていたのに
そういえば、ザッハトルテ食べるのけっこう久しぶりかも。
ケーキ店の名前が書かれたショッパーは有名パティシエのところだった。ザッハトルテがあるとは知らなかったと思いながら、どんな味かなと楽しみで自然と口角が上がる。
昔、住んでいたアパート近くのケーキ屋にザッハトルテが売っていて、母が給料日の時に買ってきてくれた思い出も蘇る。初めてそのケーキ屋に行った時、ショートケーキよりもザッハトルテを選ぶ私に「あんた子供のくせに渋いわね」と母は笑った。ただ、ケーキに花のチョコレートが載っていてそれが目についただけだったのが、母の笑顔を見ることができて、ザッハトルテが好きになった。その頃は母は昼夜問わず働いて、疲れている顔をよく見ていたから。それだけの理由なんだけど、母からはそれ以来私は生クリームよりチョコレートケーキのほうが好きだと思われている。
先週、家に行けば母は元気だった。まだ通院しているけど、だいぶ病状はよくなっている。この一年、最先端の治療に専念できたおかげだ。最初の頃は私に心配をかけまいとしてつらくても明るく振る舞っていた母も、今は普通の生活を送れるまでになっている。
「鷹士さん、ありがとう」
「いや、俺はもらっただけだから」
「そうじゃなくて。いや、このこともあるけど、母だいぶよくなってるから」
ケーキを切り分けて言えば、鷹士さんはそっちかという形で瞬きをして、ゆるりと口角を綻ばせた。
「それはよかった」
「多分、私だけだったらこんなに早くよくならなかったと思う。ありがとう」
「その分、あなたも対価を支払っている」
「対価……」
今度は私が瞬きをした。彼はケーキを載せる白い丸皿とふたりのマグをキッチン台に置く。
「俺と結婚したこと。最近じゃ俺の分も食事を作ってくれてる。家事だって、俺よりあなたのほうが頻度が高い。正直、気を遣いすぎていると思う」
「え、迷惑だった?」
「いや……ありがたいが、あなたの負担が大きいから心配している」
戸惑いを含んだ声は何も載っていない白い皿に落ちる。
なんだか、知らないうちに気に病ませてしまっている。私は丸皿にケーキを移しながら首を横に振った。
「全然そんなことないよ。ひとり分も二人分も同じだし、洗濯も掃除も私が帰り早い時一緒にしてるだけ。鷹士さんこそ気にしすぎ」
「そう、か?」
「そうそう。っていうか、ここに住まわせてもらってるの私だし、それくらいさせてもらえたら気が楽かも。あ、でも大した料理じゃないから。家庭料理っていうより、全然手が込んでないからね」
「十分だよ。いつもありがとう」
微笑みを浮かべる鷹士さんに目を細める。
なんと神々しい。
ケーキ店の名前が書かれたショッパーは有名パティシエのところだった。ザッハトルテがあるとは知らなかったと思いながら、どんな味かなと楽しみで自然と口角が上がる。
昔、住んでいたアパート近くのケーキ屋にザッハトルテが売っていて、母が給料日の時に買ってきてくれた思い出も蘇る。初めてそのケーキ屋に行った時、ショートケーキよりもザッハトルテを選ぶ私に「あんた子供のくせに渋いわね」と母は笑った。ただ、ケーキに花のチョコレートが載っていてそれが目についただけだったのが、母の笑顔を見ることができて、ザッハトルテが好きになった。その頃は母は昼夜問わず働いて、疲れている顔をよく見ていたから。それだけの理由なんだけど、母からはそれ以来私は生クリームよりチョコレートケーキのほうが好きだと思われている。
先週、家に行けば母は元気だった。まだ通院しているけど、だいぶ病状はよくなっている。この一年、最先端の治療に専念できたおかげだ。最初の頃は私に心配をかけまいとしてつらくても明るく振る舞っていた母も、今は普通の生活を送れるまでになっている。
「鷹士さん、ありがとう」
「いや、俺はもらっただけだから」
「そうじゃなくて。いや、このこともあるけど、母だいぶよくなってるから」
ケーキを切り分けて言えば、鷹士さんはそっちかという形で瞬きをして、ゆるりと口角を綻ばせた。
「それはよかった」
「多分、私だけだったらこんなに早くよくならなかったと思う。ありがとう」
「その分、あなたも対価を支払っている」
「対価……」
今度は私が瞬きをした。彼はケーキを載せる白い丸皿とふたりのマグをキッチン台に置く。
「俺と結婚したこと。最近じゃ俺の分も食事を作ってくれてる。家事だって、俺よりあなたのほうが頻度が高い。正直、気を遣いすぎていると思う」
「え、迷惑だった?」
「いや……ありがたいが、あなたの負担が大きいから心配している」
戸惑いを含んだ声は何も載っていない白い皿に落ちる。
なんだか、知らないうちに気に病ませてしまっている。私は丸皿にケーキを移しながら首を横に振った。
「全然そんなことないよ。ひとり分も二人分も同じだし、洗濯も掃除も私が帰り早い時一緒にしてるだけ。鷹士さんこそ気にしすぎ」
「そう、か?」
「そうそう。っていうか、ここに住まわせてもらってるの私だし、それくらいさせてもらえたら気が楽かも。あ、でも大した料理じゃないから。家庭料理っていうより、全然手が込んでないからね」
「十分だよ。いつもありがとう」
微笑みを浮かべる鷹士さんに目を細める。
なんと神々しい。