一年だけの契約妻で、ほぼ放置されていたのに
その後、彼は何事もなかったかのように普通の態度に戻った。昨日のキス共々、私の願望が見せた幻覚ではないかと思うほどだ。私に配慮してくれているのは明白だった。だからこそ、返事に困る。優しい彼を待たせているのがわかっているのに、自信がないのだ。私が彼の本当の妻として釣り合っているのかと言われたら、頷けない。
「私よりいい人絶対鷹士さんは見つけられるもの。家柄も性格も、容姿も揃った人」
「確かに王子は選びたい放題の側にいると思う。彼から声かけられたらほとんどの人は喜ぶよ」
「う……」
自分ではわかっていたつもりでも、冷静に第三者から突きつけられるとダメージが違う。私じゃなくても……彼の隣が空けば、すぐに埋まるという現実。彼に寄り添う綺麗な人を想像したら、胸が大きな石が入ったみたいに重く、呼吸も苦しくなる。
口をへの字にする私を見て、明里ちゃんはふっと優しく笑った。
「でも、王子はつぐちゃんがいいって言ってる。契約だけじゃなくて、人生でちゃんと寄り添える人になりたいってことじゃん?契約婚でスタートしたとしても、お互いが一緒にいて心地いいなら、本当の夫婦になっても問題ないんじゃない?むしろ、なんでだめなの?」
私は答えられなかった。問題が見つからなかった。
明里ちゃんは、テーブルの上に所在なげに置いた私の手をぎゅっと自分の手で包み込む。
「つぐちゃんは自分の気持ちに正直になっていいんだよ」
心配そうに見つめてくる黒真珠の瞳。何度か明里ちゃんにはこういう眼差しを向けられてきた。大体は私が何かを諦める時。何度も彼女は諦めなくていいんじゃないかと最後に問いかけてくれた。それでも、家のこととか、生計のためにやりたい気持ちを呑み込んだ。今回も同じようにすれば……。
本当に諦めていいの?
心の中からもう一人の自分がそう問いかけてくる。臆病な私を見つめてくる彼女は、何度も諦めてきた夢の集合体だ。じっと恨みすら滲んだそれに、思わず苦笑が口の端に浮かぶ。
< 65 / 91 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop