一年だけの契約妻で、ほぼ放置されていたのに
そんな中で鼻腔に彼の匂いが届いたら、最終的にはうっとりと目を閉じた。
前から思っていたんだけど、鷹士さんっていい匂いだな。
同じ洗剤と柔軟剤なのになんでだろう。くんくんと嗅いでいたら、彼がギクッと身体を強張らせるのが伝わってきた。
「え、汗臭い?」
「へ?違う違う、いい匂いだなぁって」
「それならいいんだが……」
見上げた先の瞳が落ち着きなく左右に動く。なんだろう。鷹士さんにしては落ち着きがない。
「どうしたの?」
「実は……できれば、プレゼントより先にひとつお願いがあるんだが」
「え、なになに?私にできることなら言って」
勢いよく即答すれば、彼がおかしそうに小さく息を吐いた。
「じゃあ、改めて」
そう言って出張から帰ってきてからそのままにしていたソファ横に置いていた鞄へと手を伸ばす。正確にはそれに隠れていた夜空色の小さなショッパーだ。それをローテーブルに置く。
「プロポーズさせてほしい」
呆然とする私を見つめてそう言うと、その袋の中身を取り出す。手のひらに乗る化粧箱を彼がゆっくりと開いた。中には大きなダイヤが艶やかなプラチナリングに座して輝いている。
「これは……」
「婚約指輪。結婚指輪は渡したが、これはなかったから。受け取ってほしい」
「え、で、でも高そう」
「高い」
「え!?」
「あなたに贈るものだから、それだけの価値がある」
おっかなびっくりで神々しく輝く指輪を見ていた私でも、その台詞に動揺が飛ぶ。言った本人も照れている。ピンクに染まった頬が証拠だ。
「か、かわいい」
「おい」
「ごめん、気が緩むと思ったことが口に出ちゃうの」
謝りながらも、私の顔は緩みっぱなしだ。上がった口角が下がることはない。
こんなサプライズ、嬉しすぎる。
指輪はというより、彼の気持ちが。私のために忙しい中指輪を選んで、もう一度プロポーズからやり直そうとしてくれたこと。この先、一生忘れられない。
私はにやける頬を押さえていた左手を彼へと差し出した。
「嵌めてくれますか?旦那様」
「もちろん」
鷹士さんも口元に弧を描く。指輪を台座から取り、私の左手を大きな手が掬い上げた。薬指にはすでに細身のプラチナリングが収まっている。一年前からひとりぼっちだったリングが新たな指輪とともに輝き、片割れである彼の指輪と重なった。
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