一年だけの契約妻で、ほぼ放置されていたのに
「でも、この結婚は、会社の都合であってあなたは巻き込まれたようなものだ。だから、一年で終われるようにした。ちょうど俺は海外赴任であなたとの距離も取れる。別れるのにこれ以上情が生まれなくていいと思った」
「お人よし過ぎる。私は再会して嬉しかったのに」
「俺もだよ。ひと目見て変わっていなくて、感動すらした」
「え、そんなに私変わってない?」
「いい意味だよ」
お子様なままという意味に捉えた私に鷹士さんは微笑む。それならばいいかと私も笑みを返した。私も鷹士さんを見て子供の頃の面影を見つけた時は嬉しかったから。
「離婚する時に財産分与を私に多くするっていうのも?」
「せめて経済的に安心できるようにしてあげたいと思った。それくらいしか俺にはできないから」
「……そこまで私のこと好きになる要素って何かあった?正直、昔のおう君に好かれていた自覚がなくて」
「俺があの日、母親が記憶をなくして世界にひとりになった気すらしていた日。あなたに会って救われた。あの日、何かが解決したわけではない。俺の容姿のせいで母が追い詰められた事実も変わらない。でも、あなたは俺の傍を離れなかった。最初はひとりにしてほしかったんだが、いきなり俺の前で転んで」
「転んだ?私」
「転んだ。派手に。しかも、何もないところで転んで驚いた」
そう言われても思い出せない。正直よく何かに躓くことが多い子供で、膝に打ち身や擦り傷は多かった。大人になるにつれなくなっていったけれど。
「思わず『大丈夫?』って駆け寄っていた。俺は母の事故から話せなくなっていたんだ。でも、転んだつぐみちゃんが怪我をした母親と重なって。そしたら、あなたはすぐに立ち上がって『大丈夫』って笑った」
「……え、それだけ?」
「そう」
首肯する鷹士さんに私は拍子抜けしてしまった。もう少しロマンチックな出来事かと思ったら、ドジを踏んだ話だ。喜ぶべきところが微妙な表情になると、鷹士さんはクスリと笑った。
「その笑顔が綺麗で、幼いながらに見惚れてしまった。痛いのに、我慢して俺に心配かけないようにして。健気で優しい笑顔だった。胸の中全部真っ黒だったのに、一筋光がまっすぐ差し込むみたいに視界が開けたよ。あの頃からあなたは特別」
「特別?」
「そう。純粋に俺の幸せを願ってくれる女の子なんていなかったから。俺ができることすべてをしてあげたい。そう思って結婚した」
だから、母に私の寂しさを説いてくれたんだね。
ひとりで留守番するのは慣れているようで、全然寂しさは消えなくて。何度も玄関のほうを見ては母の帰宅を待っていた。おう君が来た日もそうだった。おう君と一緒に遊ぶのは楽しいけれど、やっぱり母がいない部屋はピースがかけたパズルみたいに手持無沙汰だった。それを小さなおう君はわかってくれていた。
過去の自分が笑っているのが脳裏に浮かぶ。ずっとひとりだと思っていたけど、そうじゃなかった。私のことちゃんと見て、覚えていてくれた。それが、ただただ嬉しい。
< 89 / 91 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop