彼女はエリート外交官の求愛から逃れられない
 冷汗が背中を流れた。本当に怖くて目を閉じて叫びそうになった。

 だが、目の前の男性が私より悲鳴を上げるほうが先だった。

「いてえ、何すんだよ!」

 私の腕をつかんでいた手が離れた。気づくと男性の手がひねりあげられている。そこには長身の見覚えのある男性が立っていた。

「彼女は嫌がっているだろう、警察に突き出されたいのか?」

「玲さんなの?どうしてここに……」

 昔より痩せていた。いつもきちんとセットされていた前髪が乱れている。そして一重の涼し気なあの目が怒りのせいか底光りしている。怖い。こんな玲さんは初めて見た。

「お前、横から来てなんなんだよ。俺が先に話していたんだぞ」

「彼女を待ち伏せしていただろう」

「お前だって待ち伏せしていただろう。気づいていたんだぞ、あっちの車へいたくせに……」

「か、彼は私の知り合いです!」

 私はとっさに言うと、逃げるように玲さんの後ろに回った。玲さんは私を背に庇いながらその男性に向かって言った。

「僕は彼女の婚約者だ。これ以上つきまとうようなら警察に連絡する」

「うそだろ、婚約者?!」

 男性は悪態をつきながら走って逃げて行った。

「大丈夫か、琴乃。けがはないか」

「助けて頂いてありがとうございました」

 私は彼の顔を見ずに丁寧に頭を下げると、心を鬼にしてすぐに後ろを向いた。黙って寮に向かって歩き出した。

「琴乃、待って」

 大きな声に私は立ち止まった。顔を見たら揺らいでしまう。振り返らずに返事をした。

「玲さんあなたも……私の家を特定して待ち伏せしていたんですか?」

「琴乃。久しぶりに会ったのに、それはないだろう」
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