彼女はエリート外交官の求愛から逃れられない
「お久しぶりです。助けていただきありがとうございました」

 私は振り向いて目を合わせないようにして挨拶をした。もう一度踵を返す。

「僕があんな別れ方で納得して泣き寝入りするとでも思ったか?帰国する前に手紙も出したから転居先に届いたはずだ。僕が君を探すことくらいわかっていただろう」

「今さらですか?もう一年以上になります。それにあのとき支えてくれる人がいますとお伝えしました。忘れてしまったんですか?」

「それがこの間の車で一緒だった男か?」

「……え?」

「この間、白い車に色黒の男と乗っているのを見た。ビジネス街の通りで昼間偶然見かけたんだ」

「そうです、彼です」

 目を反らして答えた私を見て、玲さんはため息をついた。

「琴乃。君は元々素直だ。だから大抵様子を見ればわかる。つきなれない嘘はすぐにばれるからやめたほうがいい」

 私は我慢できなくて振り向いた。

「玲さんは今頃になってどうして私の所に来たの?日奈さんとおつきあいしているんじゃないの?」

「何を言っているんだ。日奈とは何もない!」

 玲さんはネクタイを荒々しく緩めると私の前に来た。そして左手で私の腰を掴み、右手で腕を引いてぎゅっと胸に抱きしめた。

「会いたかった……琴乃……君が恋しくて本当につらかった。帰国しても君の居場所がわからず本当に苦労した。予備校のSNSに里香が気づいて教えてくれたんだ」

 彼は低い声で、早口で続けた。

 懐かしい彼の香り。涙が出そうになったが、彼のために心を鬼にした。何のために彼を拒絶したのか。彼の幸せのためだ。

「やめて。お願いやめて……私達は別れました」

「僕は了承したか?君は勝手にあのメールで僕を拒絶しただけだ」

「それは……」

「どうしてあのときお母さんのことを相談してくれなかった?僕が信用できなかったのか?将来を約束していたし、帰国真近だった」

「だからこそ……相談なんてできなかった!あなたは元々私なんかと釣り合わない。外務省の人も日奈さんとの交際を望んでた。あなたに迷惑をかけたくなかったのに、どうして……」

 
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