彼女はエリート外交官の求愛から逃れられない
 逃げようとする私を彼はさらに強く抱いた。

「琴乃。君は突然別れを告げ消息を絶った。僕は人生で初めて分別を失いかけた。一時期仕事も手につかなくなった。君の言うエリートなんてどこにもいない」

「……玲さん……」

「琴乃、君は僕を忘れることができたのか?」

「忘れました。あのときからふたりの道は分かれました」

「忘れたと言い張るなら、何度でも君に思い出させる。分かれた道は、また繋げばいい」

 驚いて彼の顔を見上げた。

「玲さん!」

「新しい連絡先を教えてほしい。今度は逃げないと約束してくれるなら、今日はもう遅いしこれで帰るよ」

 凄い目だった。もう捕まった段階で逃げても無駄だ。覚悟を決めた。

「それと、ひとつだけ約束してくれ。僕に嘘はつかないでほしい」

「わかりました。でも私の願いもきくと約束して」

「君の願いは一年前に聞いた。あれから反論することも許されず、辛抱強く我慢した。でももう無理だ。明日は予備校へ迎えに行く。不用意に外に出るな。最近見て驚いたが、君は帰りが本当に遅い。今日のようなことがあれば心配になる」

「外務省からここは遠い。お休みのときにどこかで待ち合わせをすればいいです。無理はしないでください」
 
 ここは地理的に反対側だ。

「無理でも来る。君が帰る時間になれば、また心配でどうせ仕事が手につかない。ここへ来るのが最善策だ」

 彼はふっと笑った。懐かしい笑顔。

 胸がきゅっとなった。今なお彼の笑顔を見ただけで想いがあふれる。

 この気持ちを知られたくない。

 手をぎゅっと握り、目をつむった。

「僕の意見を今回は聞いてもらえるんだろう?何しろ一年前はひとことも反論できなかったからね。覚悟しろよ」

 そう言うと、玲さんは私が部屋へ入るのを見届け、約束通り帰って行った。




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