彼女はエリート外交官の求愛から逃れられない
「わざと僕の耳に入らないようしていたんですか?」

「原口さんのほうから記事の件でマネージャーを通して連絡がきていたんだ。ちょうど君がフランス出張に出てすぐだ。大事になりそうだったからね、君には悪いが伏せさせてもらった」

「参事官!」

「君のことはつきとめられないようこちらで情報統制をかけた。君は日本にいないし、うまくごまかせる。彼女はこれから忙しくなる。カンヌ受賞作品の公開は日本ではこれからだ。イギリスでの仕事も決まってる。君が変に事を荒立てると、却って素性がばれたり、マイナスだ。まあ、正直しばらくは忙しくて結婚なんてできないだろうし、落ち着くのを待てば皆忘れる」

「……ふざけないでください!僕は結婚を考えている交際相手がいるんです!」

「相手も君を信じているなら問題ないんじゃないか?芸能関係の記事なんて半分くらいは嘘だ。でも今回はまあ、悪い話じゃない。君には悪いが、彼女は綺麗なだけじゃなく、語学も出来て、話すととても頭がいいのもわかる。君が学生時代彼女とつきあっていた気持ちはよくわかるよ。二人はお似合いだ。今なら事務所も賛成だし、うちも大賛成だ」

「何を勝手なことを言っているんですか!僕は日本へ戻るんですよ」

「まあ、そうだけど、またいずれ外地に出る。彼女はそういう相手にはもってこいだ。海外はパーティーも多いし、彼女が相手だと君はさらに出世するぞ。いいことずくめだ。僕だったら絶対彼女を選ぶよ」

 僕は両手を握りしめた。いくら上司とはいえ、こんなことを言われるのは許せなかった。

「僕は参事官と違って選びません。前から言っていますが、彼女とは終わったんです。すみませんが、出て行っていただけますか?パーティーまで一人にしてください」

「ああ……そうだ、藤堂君。絶対に自分から記者に連絡を取ったり、何かするなよ。僕らは君を守ってる。これは本庁も知ってることだ。勝手なことをすると、君の仕事上の立場も含めて守れなくなる。僕や大使も関係してる。ひいては外務省にもだ。わかったら何もするな。上司命令だ」

 参事官はグラスをあおると、カラにして、立ち上がって背中を向け出て行った。

 * * *

 琴乃からは一度の着信以外電話がなかった。彼女のことだ、芸能記事など信じず、僕を信頼してくれているんだろうと思っていた。

 電話をしたかったが、あちらは真夜中。僕はすぐにメールをした。

 『琴乃、連絡が遅くなって済まない。国際会議の規定で外と連絡が取れなかった。日奈の記事だが、でたらめだから信じるな。いま、出張でフランスに来ている。これからベルギーを回って帰るのは三日後になる。また連絡する』

 パーティーのためにシャワーを浴びて、急いで準備に入った。これからまた数時間連絡が取れない。

 日本での彼女に何があったのか、想像する余裕がなかった。あの記事をお母さんが見たらどうなるかくらい、わかってもよかったのに、その時の僕にはその想像力さえかけていた。

 
< 87 / 131 >

この作品をシェア

pagetop