彼女はエリート外交官の求愛から逃れられない
 彼のいる予備校は、独身寮や住宅手当があった。夜が遅くなる仕事だからだ。それが何よりの決め手になった。

 前の会社でネックだった住宅面での費用が格段に減るので、私は思い切って紹介をお願いした。

 正社員としては入れれば、昼間は事務をしながら別途夜間講師として授業を持つことも許されると言っていた。

 佐田君のお陰か、幸運なことに、その予備校に正社員として転職がすぐに決まった。私は蓮見ロジスティックスを退社した。

「琴乃、何かあったら必ず相談してね。本当は私と同居すればいいのに……」

「よく言う。佳純はもうすぐ同棲するんでしょう?私が彼に怒られちゃうよ」

「琴乃のことも知ってるし、大変なのもわかってるから許してくれるよ」

「その気持ちだけで嬉しいよ。今まで本当にありがとう」

「琴乃がいなくなったら、私は本当に寂しいよー」

 佳純は名残惜しそうに私を抱きしめた。私も彼女の背中を叩いて、涙を拭いて別れた。

 * * *

 出張から戻ってきた玲さんからは電話もあった。

「日奈のことは本当に心配をかけてごめん。でも、はっきり断っているから安心してほしい。僕が日本に戻れば彼女との仕事もなくなるだろう」

「でも、日奈さんの映画はこれから日本で公開だし、マスコミに宣伝とかで出ることが多くなるでしょ。記事のことも書かれるかもしれないから、しばらくはそちらにいた方が玲さんのためになるんじゃないですか?」

「実は今日、同じようなことを上司から言われた。イギリスにいるうちは手出ししてこないから、もう数年こちらにいないかと言うんだ。隠れてここにいるなんてまっぴらだ。戻ってすぐにでも日奈のことを否定して、お母さんの誤解を解いて、お許しを得て君と結婚したいんだ」

「……」

「琴乃?」

 玲さんは何もわかっていないのかもしれないと痛感した。マスコミと対峙して、日奈さんでなく私と結婚すると彼は言うつもりなんだと思った。

 どうしても別れを受け入れられなかった私に、その言葉は最終的な決心を後押しさせた。
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