彼女はエリート外交官の求愛から逃れられない
「まあ、そろそろ大丈夫だろう?ここずっと手紙だって来なくなったって言ってたじゃないか」

 以前の住所に転送手続きをしていたら、三か月後に彼からの手紙が何通か送られてきた。日本に帰国したのだろう、国内便だった。

 何故引っ越したのか、転職したのか、私のメールは信じられないなどと色々と書いてあった。でもそれも最初の数か月だけのことだった。今は彼からの接触はない。

 実家の方もすでに人がいない。呆れかえってきっと私のことなど忘れているだろう。

 日奈さんとの関係も進んでいるのかもしれない。もしかするとすでに結婚が決まっているかもしれないとふと思った。玲さんには幸せになって欲しかった。

「そうね……」

 アイスコーヒーをかき混ぜる私を見ていた佐田君は、少し間をおいて口を開いた。

「蔵原」

「うん?」

「あのさ、その、前の人を忘れられないのか?」

「……ごめん、そんなに色々愚痴ってた?もう、言わないようにするから。私も昔のことは忘れた」

「いや、あのさ、前の恋を忘れるには新しい恋が一番なんだよ」

「え?」

「いまさらだけどさ、俺と友達からはじめてみないか?」

「ねえ、佐田君。私はあなたと学生時代からサークルの友達ですけど……」

「そうじゃなくて、だから、さ……」

「転職してから、いつも佐田君を頼ってばかりで、それで気を持たせたなら本当にごめんなさい。私、恋愛はしばらく無理。とにかく経済的に立て直してからにする。自立するから、私のことはもう放っておいてくれていいよ」

「そうか。でも、俺、今回は引かないからな」

「え?」

「数年前同窓会のあとで告白した時、好きな人がいるって断っただろう?それ、あの人なんだろう?」

 そう、彼と出会った旅行から戻ってきたときに、同窓会で会った佐田君から告白された。
< 97 / 131 >

この作品をシェア

pagetop