君だけの風景

午後四時の空気

 それから、わたし達は足を伸ばした。
 いもしない親友の家に泊まりに行くと家族に嘘をつき、わたしは遥人と旅を重ねた。





 「京都ってさ、“静けさの音”があるんだよね」

 遥人がそう呟いたとき、ちょうど、石畳の道を舞妓がすれ違った。
 わたしはその姿を横目に、振り返らないで目を伏せた。
 なんだか、自分がここにいてはいけないような気がした。

 ――わたしたちは、ただの“旅人”だった。
 京都の美しさにふさわしい存在では、なかった。

 でも、遥人はそんなわたしの手をとって、小さな甘味処に入った。
 「ここ、前に来たんだ。あんみつがうまい。」





 店の奥には、古い柱時計があった。
 秒針の音が、時間の流れを静かに告げている。
 ふたりで向かい合って座り、わたしは黒蜜をすこし多めにかけた寒天を口に運ぶ。

 「おいしい」

 それは本当においしかった。
 味よりも、空気ごと味わっている気がした。





 そのあと、ふたりで鴨川を歩いた。
 等間隔に座るカップルたち。
 けれど、わたしたちは並んで歩きながら、ただ沈黙を共有していた。

 「いつか、また来ようね」
 そう言ったわたしの言葉に、遥人は少しだけうつむいた。

 「……うん。来よう。ちゃんと、また、歩こう」





 次に向かったのは、遥人の「行ってみたい場所ランキング」一位だった屋久島だった。

 「“もののけ姫”の舞台になった森なんだよ」

 遥人は嬉しそうに言った。

 朝から土砂降りだった。
 でも、屋久島の森はそれすらも美しかった。

 苔むした樹、しずくを宿す葉、遠くで響く鳥の声。

 「全部、生きてるみたいだね」

 わたしがそう言うと、遥人は頷いた。

 「自然の中だと、全部が“本当”に見えるんだ。
  人間が勝手に線を引いてるだけでさ、時間とか、強さとか、死とか、全部ただ流れてるだけなのに」

 その言葉が、なぜかわたしの胸に深く残った。
 それからふたりで、びしょ濡れになりながら屋久杉の前に立った。

 樹の前に立ったとき、遥人が突然わたしの手を取った。
 そして、何も言わずにしばらく、握ったままだった。





 夜、民宿の窓から星空を見上げた。

 「もし明日、旅が終わっても、悔いはない?」
 わたしが訊いた。

 遥人は、長い沈黙のあとで答えた。

 「ないって言ったら嘘になるな。でも……君が一緒なら、それでもいい」

 その一言が、わたしの中に何かを残した。
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