茨の冠は恋を知る




 舞踏会も中盤に差しかかる頃。
 カイルは貴族たちとの外交を理由に、リシェルの元を離れた。

 その隙を狙ったように、セシリアが現れる。
 美しい白薔薇の仮面。純白のドレス。
 だがその笑みの奥には、前世と同じ“毒”があった。

 

「姉様、仮面の下でも、お顔は隠せませんね。
 ……醜い本性、透けて見えますわ」

「そう。だからこそ、こうして隠す必要があるの。
 “お人好しの仮面”を被って生きるあなたより、よほど楽でしょう?」

 

 さすがにセシリアの頬が引きつる。
 リシェルはすぐに背を向けた。今さら言葉で戦う価値もない。

 ──だがその瞬間だった。

 

 「……っ!?」

 

 視界の端に、仮面を被った黒装束の男が見えた。
 群衆に紛れて、まっすぐリシェルへと向かってくる。

 手には細身の短剣。仮面の奥の瞳は、獣のように光っていた。

 

 (刺客……! なぜ今!?)

 

 リシェルはすぐに回避の姿勢をとる。
 だが群衆の中で満足に動けない。
 男の刃が、そのままリシェルの肩を貫こうと──

 

 ──次の瞬間、空気が凍りついた。

 

 銀の剣が、一直線に男の刃を受け止める。
 黒装束の刺客が地面に崩れ落ちるまで、わずか一瞬。

 

「遅れたな、リシェル」

 

 カイルだった。
 剣を抜き、無言で彼女を抱き寄せるその姿は、まるで“守護の騎士”のよう。

 

「お怪我は」

「……ないわ。でも、殿下、腕が」

 

 彼の左腕に、刺客の刃が浅く切り込んでいた。
 赤い血が、白手袋を染めていく。

 

「問題ない。奴の毒は、俺には効かない」

「なぜ……なぜそこまで、私を」

 

 リシェルが言葉を詰まらせた瞬間、彼女の視界が歪んだ。

 仮面の奥で、誰かの“想念”が流れ込んでくる。

 黒装束の男──その記憶。
 “命令を受けた声”の主。
 声を……知っている……この声は──

 

 「……セシリア」

 

 リシェルの手が震えた。
 そして、その瞬間、彼女の胸元から淡い光が走った。

 赤い組紐のような光が、リシェルの身体から放たれ、
 カイルの腕と、仮面の男の短剣を“結ぶ”。

 

 それは、“真実の糸”。
 嘘と偽りを暴く力。

 

「これが……私の力?」

 

 リシェルの異能が、ようやく目覚めた瞬間だった。




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