夜を導く光、それは赤い極道でした。

【第2話】くーちゃんの秘密と赤い瞳の揺らぎ



「私も疲れたみたいです」

「そうかよ、だからなんだよ」

「え?疲れたら甘いものでしょ?最高って言ってましたよね?」

「いや、やんねぇからな?」

「え?」

「え?じゃねぇよ。なに貰えると思ってんだ」

「落とし物を拾ったお礼に?」

「だから落としてねぇから!」

 うん、やっぱ置いてきてもよかったかもな。そう思わずにはいられない真次郎(しんじろう)は、大きなため息を吐いた後に(みお)へと近づき、頭をチョップする。

「痛っ!あー、これは破裂しましたよ。これ、傷害事件ですよ」

「だったら喋んな口閉じろ」

「冷たくないですか?ジロ。私泣いてしまいます」

「泣け、一生泣け」

「一生だなんて……プロポーズならもう少しロマンチックにお願いします」

「しねぇから!」

 やはりペースを狂わされる真次郎は頭を掻いて、澪はそれをジーット見つめる。「なんだよ」と眉根を寄せる彼に澪は少しだけ首を傾げた。

「ジロはここでは下っ端なんですか?」

「はぁ?」

「いえ、20歳と言っていたので。まっつんやくーちゃんよりも年下……つまりランクが下。イコール下っ端」

「ふざけんな、誰が下っ端だこら」

「確かに真次郎は組では一番若いかもね」

「知能なら最下層かもな。2桁の暗算まったくできねぇし」

「うわ、ジロ。それはご愁傷様です」

「おい、んな憐れむような目で見んじゃねぇよ」

「大丈夫ですよ。ジロ、他で挽回すれば」

「だからっ、励ますなよ!俺は幹部だ!」

 真次郎は澪に苛立ちながら、鋭い目つきで睨みつける。しかし澪は真次郎に対して怖いとは感じない。寧ろ面をつけて、手首を掴んでいた時の方が、まだ何かしらを感じてはいた。

「幹部だなんて、すごいですね」

 だから、淡々と感想を述べる。またしても真次郎は落胆した。

「極道の幹部って聞いても態度を変えないのは澪のすごいところだね」

「ただのアホだろ考えなしの」

「あーもう、こいつのこと兄貴に報告すんの嫌になってきたわ」

「なぜです?」

「一つ、一般人の澪を巻き込んだこと」

「一つ、しかも相当に厄介なアホだっーつうこと」

「……どっちにしろ、俺が咎められるのは目に見えてる」

 松野(まつの)久我山(くがやま)真次郎(しんじろう)の説明に(みお)は不思議そうな顔をする。澪からしてみれば真次郎は自分を助けてくれた人。それで叱られるのかと、疑問でしかない。

 けれど、極道からしてみれば自分のような外部の者はお呼びではない相手。それこそ小説とかでは、許嫁として迎え入れられたとかに発展しない限りは足を踏み入れることはない領域だ。

 もしかしたら、何か罰を与えられることもあるのかもしれない。澪は急に心配になり、真次郎を見つめる。

「……なんだよ」

「んー、いえ、その……」

「いや、ハッキリ言えよ」

「えーー……」

「らしくねぇじゃん。さっきまでの勢いどうした」

 さすがに澪へと違和感を覚えた真次郎は眉根を寄せて澪の顔を覗き込む。視線が絡むとその緋色の瞳に吸い込まれそうで……澪はスッと目を逸らした。それが真次郎は気に食わなかったのだろう。「あ?」と不機嫌な声音を漏らし、澪へと詰め寄る。

「おい、こっち見ろ」

「ちょっと無理ですね、それは」

「は?なんで」

「ジロのせいなのは確かです」

「意味わかんね……おい、澪」

 真次郎が澪へと手を伸ばす。避けようと少し身を捩ると顔の横の壁へ手をつき、退路を塞いだ。ぐっと顔を近づけられ、その距離で囁く声音は低い。

 

「──おまえ、舐めてんの?」

 

 獰猛な雄の空気が澪の肌を刺す。目の前の真次郎の変貌は彼の表情を見なくても明らかで、澪はどう反応するべきなのか思案する。

 舐めてはいない、決して。真次郎がその言葉を発した理由は、目を逸らしたから。ならば何故自分は目を逸らさなければならなかったのか、逆転の発想をする。

「やはり、ジロのせいですね」

「はぁ?」



 
 
「ジロの瞳が綺麗すぎるんです」
 

 そう唱える。真次郎を前にして黒緑のショートヘアから覗くその瞳は、淀みなく透き通っていた。光を集めるような輝きではなく、光そのものを“見つめ返す”ような静かな色。
 含まれるのは、好奇心ではなく──真実だった。
 
 

「っ……おまえ、何言って」

「その緋色に見つめられるとドキドキしてしまいます」

 もう澪は真次郎から目を逸らさなかった。堂々とその緋色を真っ直ぐに捉える。澪の発言に松野と久我山は驚きつつも感心し、真次郎ただ1人狼狽えることになった。


「ばっ……はぁ!?おまえ、意味わかんねぇ!」

「ジロの瞳が、うん、かっこいいということでしょうね」

「ほんっと、そーいうとこだぞ!」

 しれっと答える澪に体を離した真次郎は、舌打ちをする。誰がみても苛ついているのは明らか。これ以上2人を一緒にいさせると面倒なことになりそうだと考えた松野は手を2回叩いて注目を集めた。

「2人ともそこまで。真次郎はとりあえず俺と若頭のところへ行こう」

「こいつは?放置なんかできねぇけど」

 不機嫌なまま、真次郎が澪を顎で示した。松野は目を細めると、久我山へと顔を向ける。

「久我ちゃんがいるじゃん」

 そして、一言。爆弾を落としにかかった。主に久我山へ。

「おい何勝手に巻き込んでんだ。やめろ」

 黙ってなどいられるわけもなく、久我山はすかさず反論した。それを松野は爽やかな笑顔のまま流す。

「仕事終わったんだから、暇でしょ?」

「オフなんだからゆっくりさせろや」

「澪を1人にするわけにもいかないから、俺たちの報告が済むまでお願い」

「なんで俺がおまえらの願いをきかねぇといけねぇんだよ」

「そこは、同じ幹部のよしみでさ。ね?ちょっとだけ」

「だからっ」

「だめ?」

「っ……はぁ、頑固なおまえを相手にする方が面倒だわ」

 大きなため息を吐いた久我山に、笑みを深くする松野。そのまま真次郎の肩を叩き歩き出す。真次郎は澪を一瞥し、松野の後へ続いた。

 去り行く2人の背を見送り、澪は久我へと顔を向ける。

「くーちゃん」

「なんだよ」

「ここのお屋敷って広いですよね」

「あ?まぁ……そうだな」

「と、いうことは。もしかして……くーちゃんが普段把握していない部屋もありますか?」

「用がなきゃ入らねぇ部屋だらけだよ」

「へぇ……」

「……おい、おまえ何考えてやがる」

「いえ?そんなたいしたことではありませんよ」

「嘘くせぇ」

「失礼ですね。ただ私は、そうだったらいいのになぁって」

 澪の怪しげな笑みに久我山は眉根を寄せたまま。澪の突拍子のなさはこの短時間で身をもって経験した。だからこそ、目の前の澪の様子に不安に駆られる。

 澪はニンマリと口の端をあげた。



 ────


 ──怖い顔をしても、
 心は追い詰められていることを、私は知っている。

 赤い瞳が揺れたとき、
 わたしの鼓動は、きみの言葉より先に答えていた。


 
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