夜を導く光、それは赤い極道でした。
【第3話】頂に立つ者の視線と守れぬ約束
「で?拾ってきたって?おまえ本気?」
所変わって、この屋敷の最奥にある部屋に真次郎と松野は到着していた。仕事の報告はすぐに済んだが、問題は澪の方。案の定既にバレており、先手を打たれてしまう。
「賑やかな子どもの声が屋敷中に響いてたな。いつから、ここは遊び場になった?なぁ、教えてくれよ」
笑みを浮かべて凄むのは、上等な椅子に腰掛けている男。真次郎や松野たちのボスである、この組の若頭。組を率いる立場にある頼りになる人物でありその反面、極道らしい冷酷な一面を持つ。
そんな若頭に言い訳をする前に次々と詰められてしまい真次郎は表情を曇らせた。
「その、兄貴っ……」
「こーんな、裏の世界も知らない普通の子、可哀想にねぇ。すぐに死なないといいけど」
真次郎を遮り、そう冗談なのかわからない脅し方をするのは、若頭である男の隣に立つ彼の右腕。
「真次郎が面倒見れるの?できないよね?なんで中途半端に連れてきたの?何のメリットもない人間に割ける時間も人員も俺たちにはないよ」
微笑みを浮かべ、穏やかな声音で紡ぐのは正論。真次郎は返す言葉もない。
「それは、すんませんっ……」
「どうにか帰そうとしたんですが、不思議な言動ばかりでして」
すかさず松野がフォローを入れる。少しの嘘を混ぜながら。澪をそんなに急いで帰そうとはしていないから。けれどそれをバカ正直に伝えるような愚かな真似はしない。
確かに早く帰したほうが互いのため。でもそれを真次郎がせずに連れ帰ってきたのは、敵組織に澪の存在が割れたから。口で何を言おうとも心根の優しい真次郎が澪を見捨てることなど不可能。それを松野は理解しているから、真次郎の行動を強く咎めはしなかった。
澪にしてみても、ここにいる方が今は安全。少なくとも敵組織とのゴタゴタが解決するまでは。それを踏まえて澪の今後を決めていきたい。そのためには、トップである若頭の許可が必要。
彼が澪を置くのに相応しい理由を導きだす。
「何?」
「薬でもやってんの?」
2人の怪訝そうな声音に、松野はどう返そうか思考回路を巡回させる。僅かでもいい。何か興味を持たせることができれば。
「それが……」
松野が言いかけた瞬間、その音は響いた。
「だあああ!おっまえさ!いい加減に止まれって!」
「ここを開けたらそこは!異世界でした的な!?そんな世界を探してますよ私は!」
「知るかっ!!」
ドタドタドタドタと大きな足音と共に過ぎ去る嵐。真次郎は額を抑えて、松野は肩を震わせる。
「……あんなっす」
「決して悪い子ではないですよ」
2人の真逆の言葉に澪の存在に難色を示していた若頭と右腕の男は、先程までとは少し違った反応を見せた。
「久我ちゃんが振り回されてるのもおもろいね」
「肝は据わってるみたいだな」
それは排他的なものではなく、何か面白いものに対しての好奇心。
「真次郎、その子連れてこい」
「っ……兄貴がわざわざ会うんすか?」
「ああ、興味がわいた」
若頭の表情は愉しげで、右腕の男も微笑みを浮かべたまま。松野はいい流れと思っていたが、真次郎の心情は複雑だった。
一般人である澪を結果的に巻き込んだ自身の落ち度。自分が罰を受けて、澪のことは他の者には知られずに日常へ帰してやれればと、そう思っていた。
そんな中での、トップからの命令。断れるわけはない。
「っ……わかり、ました」
真次郎は、右の拳をぐっと強く握った。
「──澪、兄貴が呼んでる」
久我山との追いかけっこを首根っこを捕まえられる形で終了した澪は、声をかけにきた真次郎を見て少し目を丸くする。彼の表情が辛そうに歪んでいたから。
「兄貴とは?」
「ここの、トップ。若頭」
「こいつを呼び出すってこたぁ、なかなか面倒な流れになってんのか?」
「わっかんねー、まっつんが組み立ててたけど」
久我山と真次郎の会話から、なにやら望んでいないパターンなのかと澪は感じた。少なくとも、真次郎の態度が変だから間違いはないだろうと、首を傾げて彼を見つめる。
「私、平気ですよ?」
「……俺が、っ……あー、もういいわ」
何かを言いかけ、真次郎は背を向けて足を進める。久我山の方を見れば頷いたので澪は小走りに、前を歩く真次郎の隣へと駆け寄った。
「────」
「え?」
聞き間違いかと思い澪が聞き返すが、真次郎は何も答えない。そのまま若頭のいる部屋まで沈黙が続いた。
澪は先程、真次郎が唱えた言葉を頭の中で反芻する。
辛そうに、絞り出した彼の想い。
“ごめん”
そう、囁いた謝罪の意図はわからない。ただ、澪は思う。
真次郎の辛そうな表情は、見たくないな……と。
奥の部屋の扉が開く。視界に入った松野と長身の男。その真ん中に位置する場所に、悠々と座る男性。
「おう、よくきたな」
今この場で一番偉い存在。この組の若頭。
「賑やかだから、どんなに気が狂ってる奴かと楽しみにしてたんだが……ただの女子高生だったとはな」
言葉一つひとつから伝わるのは、まるで刀の切先のような鋭さ。澪は珍しく口を閉じて、静かにその場に立つ。
煌めく銀髪の相手の姿を、じっと見つめながら────……。
────
──“ごめん”は、
守れない約束を飲み込んだ、きみの悲鳴。
わたしは、
まだ名前も知らない“頂”に、立ち向かう。
Fin