夜を導く光、それは赤い極道でした。

【第2話】犬の距離


信昭(のぶあき)さんは、ずいぶん年上だったんですね」

「まぁね。俺はみんなのお兄さんだし?」

「信昭の兄貴!というわけですね」

「えー?なんかそれは可愛くないから嫌だなぁ」

「韻を踏んでてリズムよくないです?へい!へい!のぶあきー、あにきー!ほら」

「うわー、バカにしてるでしょそれ。澪ちゃんひどいなぁ」

 廊下を歩きながら(みお)が下手なラップを刻むと信昭は苦笑いをした。どうやらお気に召さなかったらしい。

「バカにはしてません。本気です」

「それはそれで、反応に困るよね」

「でも組の方々には兄貴と慕われているのでは?極道の世界ってそんな感じですよね?」

「まあ、そうだけど。でも澪ちゃんに呼ばれるのは違うんだよねぇ」

「では、信昭兄さんと言う方が好みだと?」

「んー?長くない?」

「でしたら……のぶ兄さん?」

「お?いいじゃん、それ」

 信昭は目を細めて澪を見つめる。

「うんうん、それなら可愛い感じ。たくさん呼んでね」

「それじゃあ、のぶ兄さん」

「はーい」

「私の部屋はまだですか?」

 ご機嫌な信昭の隣でマイペースを崩さない澪に後ろに控える久我山(くがやま)がヒヤヒヤする。信昭は、この組のNo.2であり、冷酷さでいえば組随一。下手なことを言って処された組員は数知れず。それこそ、女子どもにも手加減はしないような人物だ。

 そんな信昭を前にして澪の言動は地雷の中を歩くようなもの。それも駆け足で。
 

「もお、澪ちゃんせっかちだなぁ。もうすぐつくよ」

 今はまだ平気みたいだが、これがいつ変わるかはわからない。久我山は澪の護衛を受けたことを後悔した。

 

 久我山のみが焦る中、ようやく澪が寝泊まりするための部屋につく。信昭が襖を開けると、そこは簡素な和室。布団とローテーブルのみが置いてあった。

「今日から、ここが澪ちゃんのお城」

「和室のシンデレラですね」

「そーだねぇ、硝子の靴もないし0:00の鐘も鳴らないけど。基本的には普通に生活してて平気だから。何かあれば、久我ちゃんと千代ちゃんを頼ってね」

「のぶ兄さんは、頼ってはダメなんです?」

「えー?俺ー?どうしよっかなー?」

 信昭は微笑みを浮かべたまま、体を屈ませ澪の高さへと目線を合わせる。そして、低く囁いた。


 

「──俺、犬が好きなんだよね」


 

 唐突に告げる信昭に、澪は不思議そうに首を傾げる。

「そうなんですか。私も好きですよ」

「ふふ、なら気が合うかもね」

 信昭は澪の頭をポンポンと撫でて、その場を去った。久我山を一瞥するその瞳は、どこか冷たい。

 

「久我ちゃん、()()()()()よね?」

「……うっす」

 短く返事をする。その中に込められるのは計り知れない圧力。もちろん澪は気づかない。去った信昭など気にもせず、布団を敷いて寝る準備を始めていく。

「くーちゃん、くーちゃん」

「どうした」

「私お風呂に入りたいんですが。どこにあります?さすがに汗というなのフェロモンをまとったままなのはちょっと……刺激的すぎるでしょう?」

「どこの知識だそれ」

 呆れながら久我山は、澪の部屋に入りすぐに右手の扉を開ける。そこは洗面台があり奥には浴室が続いていた。

「わぁ、なかなかに立派ですね」

「反対側にトイレがついてる」

「旅館ですねこれは」

「ここは元々先代の嫁さんがいた部屋だからな。一通りここで済ませられるような造りになってんだとよ」

「ほー?旦那さんと一緒ではなかったんですね」

「……おまえさ、俺らの世界ってどんなもんか知ってるか?」

 久我山の声のトーンが低くなる。淡々と告げられる言葉は、真実であり、覆すことはできないもの。

「ドラマや映画とはわけが違う。クソみたいに争って、血を流して、命を奪い合う。おまえみたいなのが入ってくるのは、あり得ない世界なんだよ」

 久我山の表情は険しい。澪は彼の口から語られる言葉に嘘がないから、おとなしく耳を傾けた。

「弱味にもなる。それは外に対しても、組の中に対してもだ。メリットがなきゃ、独り身のが絶対に楽だ」

「それなのに、龍臣(りゅうしん)さんも、まっつんも、のぶ兄さんも結婚していますね。なぜでしょう?くーちゃんの言葉が確かならデメリットだらけでしょうに」

 ふと、思った疑問を澪は問いかける。久我山は眉根を寄せた。

「ここの部屋にいた先代のお嫁さんも、デメリットが出たから離れ離れの部屋なんですかね?」

「……俺が知るかよ」

 澪の疑問に久我山は答えない。澪も大して追求はしない。微妙な空気になる。その中、久我山は澪へと手を出してきた。

「ん?なんです?繋ぐんですか?」

「ちげぇよ。スマホ」

「スマホ?え?強奪?」

「連絡先いれとくんだよ」

 久我山の言葉に澪はなるほどと自分の首に下げているスマホを取り出す。落とさないようにとポケットや鞄ではなく、常に首からかけているそれ。紐が短く、ちょうど澪の胸と胸の間の位置で固定される。
 それを首から外して渡した。連絡先を入れるだけなのに、何やら時間がかかっている久我山。

「なんか長くないですか?」

「いろいろ設定してんだよ」

「え?なにを?……うわ、()()()()します?」

「そういう対象なんだよ、自覚しとけ」

 覗き込んだ澪に対して喋りながら久我山は操作をし、スマホを澪へと返す。

「なんかあったら呼べ」

「くーちゃん一緒に寝ないんですか?」

「ありえねぇな。おまえとずっと一緒にいる気もねえし。だから、外にいく時とか連絡しろ」

 そう言って久我山は澪の部屋から出ていった。1人になった部屋で澪はとりあえず寝る支度をしようと、シャワーを浴びることにした。



 ────


 愛された
 愛された
 その意味を知らぬまま

 「好き」と言われて
 頭を撫でられ

 それが
 鎖じゃないと
 誰が言える?



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