夜を導く光、それは赤い極道でした。
【第4話】ツンとステップを踏んで
「ここですね」
「全然ちげぇから」
澪は栞の部屋を探していた。昨日の朝、松野と共にきたルートを辿ったつもりだが早々に間違えたらしい。一歩後ろにいる久我山が呆れている。
「おかしいですね、今度こそ当たると思ったんですが」
「何回間違えりゃ気が済むんだおまえは」
「そんなの正解に辿り着くまで、永遠に」
今のところ百発百中で間違えている澪。自信満々で扉の前に立つたびに久我山が首を横に振るのを何回繰り返してきたか。
「くーちゃん案内してくださいよ。私の護衛でしょ?」
「護衛の使い方間違ってんだろ」
「くーちゃんオレンジ色の服多いですよね?今もTシャツオレンジですし」
「だからなんだよ」
「ほら、かぼちゃの馬車的な感じで頼みますよ」
「ふざけんな誰がかぼちゃだ」
「シンデレラを舞踏会へ送る最高な乗り物ですよ。誇るべきです」
「知るかっ!」
澪のペースに飲まれかけて久我山は大きなため息を吐くと、前に出て歩き出す。ついてこいということなのだろう。澪は疑いもせず、その後を追った。
******
ある扉の前で久我山が立ち止まる。そして一歩また下がる。澪はそうだそうだと大きく頷いた。
「ここでしたここでしたよ。いやー、屋敷内で迷子になるところでしたね。まさに極道ダンジョン」
「もういいから。さっさとやれ」
「おや、見守ってくれるんです?」
「不本意ながらな。おまえが変なことをしだしたら即連れ帰るぞ」
「その心配には及びませんよ。龍臣さんを意識してLEDレディ目指してますから」
「……legend、elegant」
「そう!Dungeon quest!」
「アホか!」
突っ込まずにはいられない久我山。澪はのらりくらりといつもの調子で、目の前の扉を見据える。手始めのノック……もちろん意味がない。それならばと、呪文を唱えるしかない。
「くーちゃん、くーちゃん」
「んだよ」
「ちょっと作戦会議です」
澪は久我山を呼び、手拍子をするように伝える。いきなりのことに怪訝そうな態度の久我山は、早く終わらせたくて適当に音を出す。
「ちがいますよ、くーちゃん。私の声の後にこのリズムです」
実践した澪はそう教え、馬鹿馬鹿しいという気持ちながらも本当に解放されたい一心の久我山はおとなしく従う。
準備は整った。澪は大きく息を吸って────歌う。
「おやつがあるーよー!」
タン、タタタンッ!
「でてきてよー!」
タンタン、タタタンッ!
「おやつがあるーよー!」
タン、タタタンッ!
「でてきてよー!」
タンタン、タタタンッ!
「おやつがあるーよー!」
「うるさいんだけどっ!!」
バンっと部屋の扉が勢いよく音を立てる。開かれた先には不機嫌そうな顔の栞。
「あ、こんにちは栞さん」
「あなた、またきたの?」
「昨日ぶりですね」
「あの駄犬といい、頭のおかしい人しかここにはいないのかしら」
「駄犬?だれです駄犬?まっつんです?」
「それ以外誰がいるのよ」
「確かに爽やかなワンチャンのように忠実……賢い?ですが、まっつんと一緒にされるのはちょっと。私、我慢すればするほど喜ぶドMじゃないですし」
「はぁ?何を言ってるの?」
栞は怪訝そうに澪に視線を飛ばす。美人の怒り顔は恐ろしいって本当なんだなと澪は妙なところで納得して、けれど怯むことはない。
「それに頭がおかしいなんて、心外です。私は平々凡々代表ですよ」
「じゃあなに?なんなの」
「あなたに素敵なハートをお届けするミオデリバリーです」
「十分頭おかしいな」
思わず久我山が澪にピシャリと言い放つ。栞は澪の後ろに控えていた久我山に目を向けて睨みつけた。
「この子は、なに?臓器売買の商品?」
「保護対象です」
「はぁ?こんな普通の子どもを?」
「敵組織に顔が割れたらしく、片付くまではと」
「それはそれは、あなた運がないわね」
久我山から澪に再び視線を移して、栞は言い放つ。その声音は刺々しい。
「こんな世界に連れてこられて、さぞ窮屈でしょ?」
「あなたが、そう思ってるんですか?」
「……生意気」
「それはよく言われませんね、初めてのお言葉です。大概、アホと呼ばれますから」
澪が喋るたびに栞の眉間の皺がキツくなる。澪のペースに飲まれると誰しもが必ずその表情に一度はなる。2人のやり取りを眺めながら久我山は、澪がどう仕掛けるのか見定めることにした。
「栞さん、あなたをお誘いにきました」
「はあ?」
「もうお昼ですから、一緒にごはんをたべませんか?」
「何を言い出すのかと思えば……ふざけてるの?昨日いたなら聞いてたわよね?私は、ここの人が手をつけたものは口にはしないの」
「ここの人?まっつんが作ったものですよ?」
「ここの組の人間でしょ」
「あなたの夫です」
どちらも一歩も引かない言葉の攻防。
「あなたのことを大好きで仕方がないと思っている人です」
「っ……うるさい」
「あ、出ましたねツンデレ」
澪の口から出た単語に吹き出したのは久我山で、言われた当の本人である栞は意味がわからず、眉根を寄せる。
「なによそれ」
「ツンツンデレデレの略です。本当は好きなのに、違うからっと突っぱねる人の総称です」
「は?私がいつデレだっていうのよ」
「本当に嫌いならずっと無視してます。でも、あなたは扉を開けました」
「それはっ……」
「贈り物もどうでもいいなら、それなりの適当な豪華なものでいいはずです。けれどあなたは、まっつんを想って選んだのでしょう?刺繍までして」
「なんで知ってるの!?」
「かぼちゃの馬車さんから噂話を少し」
久我山は顔を逸らした。ここまで相手のペースを崩す澪の所業に肩を震わせて笑いを堪えるのに必死で、そんな久我山の様子には気づかず、栞は言葉を詰まらせる。
静まると、ふと──部屋の奥から微かに聞こえる旋律。
規則的で、優雅で、まるで三拍子の心音のようだった。
それが、澪の脳の中で変換される。
「りんご?りんご?」
「え……」
「いえ、この曲。りんご拍子のやつですね」
またわけのわからないことを宣う澪に栞が呆けていると、澪は音を聴きながら体が横に揺れ始めた。それはまるで、1人で踊っているかのようで。
「なんか、社交ダンスとかでよく聴きますよね、この曲?」
「……ワルツ」
「そうそう!それです」
スッキリしたのか澪は機嫌よくさらに揺れた。お世辞にも上手いとは言えない動き。
「ステップが違う」
「おや、栞さんはワルツを踊れるんですか?」
「……それなりに」
「では、一緒に踊りましょう」
栞の言葉に澪の顔がパアッと明るくなる。
それは、何の打算もない。
ただ、純粋な気持ちからでる行動だった。
────
ひとつずつ、
絡まった感情の糸を解くように。
笑われても、ずれていても、
真っ直ぐな想いだけは、
どうか、届いてしまえと願っている。
next