夜を導く光、それは赤い極道でした。
【第6話】ピースが揃う音
夜。静かすぎる部屋に、寝るにはやかましい思考だけが澪の頭の中に残る。
真次郎のこと。
彼の仕事。
自分の気持ち。
考えれば考えるほど、息が詰まる。出口のない迷路に、地図もないまま取り残されたみたいだ。進もうとしても、思考が壁にぶつかっては跳ね返る。そのたびに、迷いが深くなる。
会えない日が、積み重なる。
それだけのはずなのに、胸がぎゅっとなる。
こんなにもぽっかり、心に穴があくなんて──思ってなかった。
自分でも、驚く。
いつも、無理なものは無理って切り分けてきた。情に引きずられないよう、線を引いてきた。
……でも今は、違う。
彼を、失いたくない。
ただそれだけが、澪の頭のど真ん中に居座って、退いてくれない。
そんなとき──ふと、倖の顔がよぎる。
「もう、変な奴はいない」って言っていた。
あれ、つまり……先見隊の仕事が終わったってこと?
でも、それって……おかしい。
──順番が、逆。
倖が「変な奴がいる」って最初に言った。
そのあとで、凛が言った。
なんで?
倖くんは、極道じゃない。外の人間のはず。
なんで、知ってたの?
しかも──
どんな話をしても、引かなかった。
“極道”だって、“抗争”だって、“護衛”だって。
まるで全部知ってるみたいに、受け入れてた。
──最初から、知ってたのか?
どこかで、知る立場にいた?
……いや、それどころじゃない。
知ってた上で、近づいてきた?
そんな考えが、澪の頭の隅をかすめる。
痛みを伴って。じくじくとした、疑念。
……もし、そうだとしたら?
澪の胸に、はっきりとした“引っかかり”が浮かびあがる。
「倖くんって……怪しい、かも」
そう呟いた時、バタバタバタバタ!!と大きな足音が屋敷内に響く。次第に騒がしくなる怒声。澪は布団から起きて、襖へと近寄る。
「おい!どうなってんだ!!」
「救護室じゃ間に合わねぇぞ!!」
「病院連れてけ!!」
少し開いた隙間から、見える。慌ただしい屋敷内。駆ける組員の人の白いシャツが、ところどころ赤く染まっている。
「え……」
澪は目を見開いて、震えて、でも体は動いて。部屋を飛び出す。このタイミングでのこの騒ぎ。嫌な汗が肌を伝う。
“澪、顔あげぇ。女は笑ってどんっと構えとくもんやで”
凛のその言葉が、脳内で再生される。澪は笑おうとした。引き攣る。うまく、できない。
そのまま澪は、邪魔にならないように声の大きい方へ走って、走って……目にする。
そこにあったのは、血と怒号と焦燥の渦。
そして──赤。
玄関のところに集まる人々。その中にある赤いスーツの茶色の髪。心臓がうるさいくらい、脈を打つ。
「澪!こっちくんな!」
久我山の声が聞こえるが、澪は止まらない。人の波をかき分けて前に出る。そして……
「っ!!?ジ、ロ……」
息を呑んだ。変わり果てた真次郎の姿に。赤いスーツの裂け目から覗く肌の、白さに震えた。赤があまりにも濃くて、肌が紙みたいに見えた。
貼られたガーゼすら、まるで傷跡を見せびらかすようで──目を背けたくなるほどだった。
何も言えない。何もできない。手を伸ばすことも、何も。
肩を掴まれる。久我山の声がする。でも、意識も視界も真次郎のことしか見えない。ジロはそのまま、目の前の景色をただただ眺めるしか、なかった。
彼の赤が、彼の体を染めているのを──。
────……
澪は自室で布団に座ったまま、虚ろな目で畳を見つめていた。
久我山は黙って入ってきて、壁に寄りかかるように立ち、低い声で言った。
「──命は助かった。医者いわく、あとは安静にしてれば大丈夫らしい」
「……ほんとに、よかった……」
言葉が震える。澪は目を伏せたまま、声を絞り出した。
「なんで……ジロが……」
久我山は少しだけ眉を寄せ、答えるのを躊躇うように一拍置いた。
「……あいつ、先見隊の調査中にやられた。予想よりずっと手際が良かったらしい。完全に待ち伏せだった」
「待ち伏せって……向こうが先に動きを知ってたってことですか?」
澪の言葉に、久我山の目が細くなる。口を噤んだまま、静かに頷いた。
「……動きがバレてた。なんでかは、まだわからねぇ」
それ以上は言うなと言わんばかりの沈黙。でも、澪の心は既に走っていた。
ぐるぐると、嫌な予感が胸を締め付ける。
「……ジロには、また会えますか」
その問いに、久我山は溜息を吐いて、澪の正面にしゃがみ込んだ。
そして、澪の頭に手を置く。
「……今は、やめとけ。あいつが何のために動いてたのか、考えろ。学校の周りを調べて、敵を追って、それであの怪我だ。──つまり、狙われてたのはおまえだ。たぶんな」
「……!」
血の気が引く。体の奥で冷たいものが流れる感覚。
久我山の言葉は冷静だが、だからこそ現実感があった。
「そんな状態で病院に押しかけてみろ。自分のせいでまた何かあったら……あいつ、一生自分を責めるぞ」
澪は黙った。言い返す言葉がなかった。
自分があの場にいたら、ジロはどんな顔をするだろう。あの怪我のまま、無理に笑って──心の奥で、どれほど痛むのだろうか。
「……嫌です。もう……あんな顔、させたくない」
「なら、じっとしてろ。それが一番の薬だ」
久我山は立ち上がりかけたが、ふと、思い出したように足を止めた。
「……あいつをやった相手、まだ正体はわかってねぇ。けど──なぜか、こっちの作戦がバレてた。おかしいと思わねぇか?」
その言葉が、鋭く胸に刺さった。
……まさか。
まさか、あのとき自分が何気なく話したこと。彼に話してしまった内容が──?
思考が急に熱を帯びる。
澪は押し黙り、唇を噛んだ。久我山がそれに気づき、ちらりと視線を向ける。
「……おい、何か思い当たることあるのか?」
問われても、答えられない。ただ、澪は首を横に振った。
久我山はじっと澪を見つめて──何か言いかけ、だが言葉を飲み込んだ。
その顔に、一瞬だけ陰が差す。
「くーちゃん……?」
「……いや。なんでもねぇ」
低く押し殺すような声。
それだけ残して、久我山は部屋を出ていった。
閉じられた襖の向こうで、その背中がどんな表情をしていたのか──澪にはもう、知ることができなかった。
澪はただ、考えていた。ある人物のことを。
────
誰かが傷ついたとき、
本当の痛みを知るのは──
その声を 奪われた側だった。
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