夜を導く光、それは赤い極道でした。
【第5話】倖の目
「えええ……遅くない?ピュアだねぇ」
澪の発言を聞いた倖は少し驚いたのか、苦笑いをしていた。
「だから、倖くん。揶揄われると、私どう反応していいのかわからないんですよ。なんです?好き好きって、肯定するものなんです?この場合」
「いやぁ、それはどうかな?まあ……澪ちゃんはこの手でイジるのは無理そうだね。自覚する前の方が、初心で可愛かったかな」
「あの時は、気持ちがわからずモヤモヤして自分でも困ってましたから」
澪は淡々と落ち着いて伝える。恋バナをしている乙女の雰囲気ではない。
「今は、腑に落ちたという感じですね」
「うーん、合理的だなぁ。で、そんなジロくんとなんかあったの?」
「それがですね、ジロとは全然会えてないんですよ。多忙なようで」
「へぇ?先見隊がうまくいってない感じ?大丈夫なの?安全とか」
「うーん……なんか、それは平気みたいです。えっと……まっつんが言ってたんですけど、ジロは銃が得意で……近づかれる前にどうにかなるっていうか。あと……勘もいいんですよね、確か……」
「ジロくんスペック高いねー。まっつんって、お弁当作ってる人だよね?確か。それで、くーちゃんは護衛」
「よく覚えてますね、さすが倖くん」
澪はパチパチと拍手を贈る。倖はニンマリと笑みを浮かべ「まあね」とウインクをした。
「その人たちが、澪ちゃんが主に関わる人?」
「はい。あ、でも昨日龍臣さんとかき氷デートしましたよ。甘くて美味しくて期間限定ってものは、惹かれますよねぇ」
「わかるよー、期間限定にすると商品よく売れるもん」
倖は頷き、そのまま片手でお菓子を一つ手に取る。
「これ、今は期間限定なんだけど。だいたいオールシーズンあるやつ」
「うわ、詐欺ですよそれで売り出すのは」
「戦略と言ってほしいねぇ。澪ちゃんのところにもいるんじゃない?頭が回る人は」
そう言われて澪は1人思い当たる。組で一番頭が回りそうな、何を考えているのか不明な人物。
「実は最近、気になる人が……」
「え?また恋?」
「違いますよ。頭が回る人って意味です」
「あー、そっちね。その頭が回る人が、気になっちゃうの?」
「はい、のぶ兄さんって言うんですが。いつも微笑んでいて、優しくて。でも、妙な怖さ?があるというか……気になることを聞いても秘密って教えてくれなかったり?」
「あー、微笑んでる大人は大抵ろくな事考えてないよ。経験談ね、これ」
「そうなんです?」
「うん、そう。笑ってるやつに裏がないと思わない方がいいよ」
「その流れだと、倖くんも当てはまりません?」
「俺のは心からのスマイルだから、また別」
調子のいいことを言う倖に澪はそんなものかと納得して、そのまま話を続けた。
「大人の男の人は微笑んでる裏で何を考えているのか、謎ということですね」
「うーん、語弊があるけど。そういえば、さっきの龍臣さんって人も護衛?」
「いえ、若頭さんです」
「わぁお、トップの人とデートなんて……でも、なんだかんだ澪ちゃんは大事にされてるみたいだね」
「そう思いますか?」
「お弁当もあるし、美味しいもの食べさせてくれて、面影庵の話はしないでくれるんでしょ?大人の事情なんて、知らない方がいいからね。その方が身軽だよ」
倖は目を細めて澪を見つめる。その眼差しが、何かねっとりと絡みつくような感じがして、澪は少し眉根を寄せる。けれどそんな澪の態度は気にしないのか、倖はニコッと爽やかな笑みを浮かべて話を切り出した。
「それにしても、澪ちゃんが恋する乙女になるなんてねぇ……感慨深いよ」
「そんなたいしたことじゃないでしょう」
「いやいや、俺にとってはビッグイベント。悪い男にうちの澪はあげません!って気分」
「まるで保護者ですね」
「……そうだねぇ、俺は澪ちゃの安心と安全を願ってるからね」
倖の声音は、いつになく優しくて。その表情は切なくみえた。澪は不思議そうに首を傾げるが、倖はすぐに表情を戻したので、倖の目の奥に確かに一瞬だけ見えた何かに、声をかけ損ねた
「あ、そうそう澪ちゃん。これ、平日の限定の駅前のファミレスのパフェ無料券。澪ちゃの好きなチョコのやつあるよ」
「わぁお!お宝ですね。ああ……でも、今は無理そうです」
「え?なに?ダイエット?そんなのしなくても澪ちゃんは魅力的だよ」
「いえいえ、そうではなくて。変な人のせいですよ」
倖は「あー……」と微妙な顔をする。
「面影庵の人たちが、心配してる?」
「はい、やっぱり変な人たちが私の周りにいるのは気にされてますよ。以前もカラオケで拉致られましたし」
「ひぇ、まるでドラマだね」
「だから、余計な心配かけたくないんです。パフェは残念ですけどね」
うんうんと頷く澪に、倖は無表情のまま静かに呟く。
「変な輩は……もう、来ないかもね」
「え?」
「いや、なんとなく。落ち着いたみたいだよ、最近」
倖の雰囲気が、いつもと違う。
澪は眉を寄せて、じっとその横顔を見つめた。
けれど倖は、目を逸らしたまま黙っている。
澪が一歩踏み出すように、視線を追いかけようとすると──ふ、と。
倖は、何かを覆い隠すように微笑んだ。
その笑みは、どこか仕事を終えた人間のように見えた。
「倖くん……どうしてそんなこと知ってるんです?」
「耳がいいんだよ、俺。裏も表も──裏の足音は、とくにね」
少し顔を背けたまま、倖がいたずらっぽく笑う。その目の奥に何があるのか、澪はまだ知らない。
けれど倖のその目の奥に、
澪が知っている“いつもの優しさ”とは、違うものが見えた気がした。
────
微笑みは 光よりも
深く 暗く 静かだった。
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