夜を導く光、それは赤い極道でした。
【第7話】願いの代償
翌日、昼休み。昼飯争奪戦が落ち着いた頃合いの時間。澪は購買部へと足を運ぶ。
「おや、澪ちゃん。今日は何をお求めで?」
「倖くん、今日はご相談にきました」
「えー?なに?澪ちゃんの力になれるかな?」
「──“秘密の部屋”。そこに、用があります」
一瞬、空気が変わった。倖の瞳が、底知れぬ何かに染まっていく。爽やかな表情から、蛇のような目つきの笑みを浮かべて……
「あえて、それを出すのは意味が通じたのかな?」
笑顔を浮かべたまま、倖の声音は冷たい。澪は怯みそうになりながらも、前を見据える。
「倖くんは私が話す前から、ジロたちのことを危ないやら関わらない方がいいって言ってましたね」
「そうだね」
「そして、変な奴がうろついてるという話も教えてくれました」
「怖いよねぇ」
「……それ、私だけに言ったんじゃないですね」
「さて、どうでしょう?誰かに言った証拠でも?」
澪はジッと倖を見つめる。ずっと考えて、出した答え。それは、目の前の倖からは想像もつかないようなこと。けれど、きっと正しい。その自信があった。
「情報を流してますね、倖くん。それも、一つではなく、いろんな方々に」
「……そう思う根拠は?」
「あなたの話を他の方からも聞きました。そして、その小さな情報から発展した抗争があります。その相手に、こちらの情報が漏れてると」
「澪ちゃんの保護者の極道さんたちが言ってたの?」
澪は頷く。ここからは、賭け。倖がノッてくるかどうかの。
「取引をしましょう倖くん……いえ、情報屋さん」
澪の発言に倖は、笑みを深める。そして、購買部のカウンターから外に出てきて、扉を開いた。
「ここから先は、“優しい世界じゃないよ”?それでも、入る?」
「──はい」
「どうして?」
「絶対に、失いたくない人がいます。これ以上、あの人が危険な目にあうのは、嫌です」
澪に迷いはない。ただ、頭に浮かぶ真次郎の姿。もし起き上がりでもしたら、きっと彼は同じことをする。
澪自身が狙われている可能性がある限り、ずっと。
「──いい眼だねぇ、澪ちゃん」
倖はニンマリと口元に弧を描いて、仰々しく唱えた。
「ようこそ、“秘密の部屋”へ。ここは願いが叶う場所──その代わり、差し出してもらうよ」
“君が、いちばん大切にしてるものを”
「……それって、どういう──」
「想い、記憶、言葉……まあ、契約してからのお楽しみ。ね?」
笑みを浮かべる倖。澪は固唾を飲む。怪しげな彼。けれど、澪にはもう、ここしか頼る手立てがない。
澪は倖に手を引かれ、その扉を潜った。
通された先の部屋には、窓がなかった。
薄暗い照明に照らされたその空間は、まるで廃ビルの倉庫か、無人の質屋の裏側のようだった。埃っぽい空気と、金属の乾いた匂いが澪の鼻を突く。
以前、一度だけ入った場所。それなのに、今はとても不穏な空気を纏う部屋。
壁際には、スチール製の棚がいくつも並んでいる。
その多くは空っぽだが、いくつかの棚には不気味な“物”が置かれていた。
いわくつきのようなネックレス。焼け焦げた携帯。背表紙のない文庫本。血のついた手袋。
どれも無造作に置かれているのに、そこにあるだけで意味があるような気配をまとっていた。
添えられたカードには、太字のマジックで言葉が一つだけ書かれている。
《報復》
《保護》
《暴露》
《抹消》
“願い”のようであり、“目的”のようでもある。
だが澪は、そのどれもが「情報」そのものだと直感的に理解していた。この部屋では、言葉が“価値”を持っている。
「──これはね、過去にここで“契約”した人たちの、取引の記録さ」
そう言って倖は一歩先を歩きながら、ふと立ち止まった。
ある棚の前。そこだけ埃が不自然に払われていた。
澪が視線を落とすと、棚の奥に一枚のカードが立てかけられている。
《消失》と書かれていた。
そのカードの横には、くしゃくしゃになった白いリボンと、半分だけ折れたシャープペンシルが置かれていた。
「……これも、誰かの“願い”?」
澪がそっと手を伸ばしかけた瞬間──
倖が静かに、でも明確にその手を制した。
「触らない方がいいよ。ここは、結果だけが置いてある。
……その人が、“何を払ったか”は、想像しない方がいい」
声は笑っていたが、目は笑っていなかった。
その目が、この部屋にかつてどんな“交換”があったのかを雄弁に語っていた。
耳の奥で、何かが囁いた気がした。
女のすすり泣きか、子どもの声か、誰かの後悔そのものか──。
けれど澪には、それが現実の音か、不安の成分が耳を欺いているだけなのか、判別がつかなかった。
まるで、“誰かの後悔”そのものが、この壁に染みついているかのようで──。
この場所は、本当に先程までいた現実と同じ世界線なのだろうか。
そう思いたくなるほど、不思議で、不気味で、非現実的な空間。
それでも──ただ一つ、確かなことがある。
これは現実だ。
現実にある、現実じゃない部屋だ。
澪は、目の前で微笑む倖を見つめるしかなかった。
Q.秘密の部屋とは?
A.どんな情報も見合った対価を支払えば手に入れる場所
──それが、たとえ……命であったとしても。
────
差し出すのは、わたしの何? それでも、あの人を守れるのなら。
願いの代わりに、何を奪われるかは……その扉の先で知ることになる。
Fin
「おや、澪ちゃん。今日は何をお求めで?」
「倖くん、今日はご相談にきました」
「えー?なに?澪ちゃんの力になれるかな?」
「──“秘密の部屋”。そこに、用があります」
一瞬、空気が変わった。倖の瞳が、底知れぬ何かに染まっていく。爽やかな表情から、蛇のような目つきの笑みを浮かべて……
「あえて、それを出すのは意味が通じたのかな?」
笑顔を浮かべたまま、倖の声音は冷たい。澪は怯みそうになりながらも、前を見据える。
「倖くんは私が話す前から、ジロたちのことを危ないやら関わらない方がいいって言ってましたね」
「そうだね」
「そして、変な奴がうろついてるという話も教えてくれました」
「怖いよねぇ」
「……それ、私だけに言ったんじゃないですね」
「さて、どうでしょう?誰かに言った証拠でも?」
澪はジッと倖を見つめる。ずっと考えて、出した答え。それは、目の前の倖からは想像もつかないようなこと。けれど、きっと正しい。その自信があった。
「情報を流してますね、倖くん。それも、一つではなく、いろんな方々に」
「……そう思う根拠は?」
「あなたの話を他の方からも聞きました。そして、その小さな情報から発展した抗争があります。その相手に、こちらの情報が漏れてると」
「澪ちゃんの保護者の極道さんたちが言ってたの?」
澪は頷く。ここからは、賭け。倖がノッてくるかどうかの。
「取引をしましょう倖くん……いえ、情報屋さん」
澪の発言に倖は、笑みを深める。そして、購買部のカウンターから外に出てきて、扉を開いた。
「ここから先は、“優しい世界じゃないよ”?それでも、入る?」
「──はい」
「どうして?」
「絶対に、失いたくない人がいます。これ以上、あの人が危険な目にあうのは、嫌です」
澪に迷いはない。ただ、頭に浮かぶ真次郎の姿。もし起き上がりでもしたら、きっと彼は同じことをする。
澪自身が狙われている可能性がある限り、ずっと。
「──いい眼だねぇ、澪ちゃん」
倖はニンマリと口元に弧を描いて、仰々しく唱えた。
「ようこそ、“秘密の部屋”へ。ここは願いが叶う場所──その代わり、差し出してもらうよ」
“君が、いちばん大切にしてるものを”
「……それって、どういう──」
「想い、記憶、言葉……まあ、契約してからのお楽しみ。ね?」
笑みを浮かべる倖。澪は固唾を飲む。怪しげな彼。けれど、澪にはもう、ここしか頼る手立てがない。
澪は倖に手を引かれ、その扉を潜った。
通された先の部屋には、窓がなかった。
薄暗い照明に照らされたその空間は、まるで廃ビルの倉庫か、無人の質屋の裏側のようだった。埃っぽい空気と、金属の乾いた匂いが澪の鼻を突く。
以前、一度だけ入った場所。それなのに、今はとても不穏な空気を纏う部屋。
壁際には、スチール製の棚がいくつも並んでいる。
その多くは空っぽだが、いくつかの棚には不気味な“物”が置かれていた。
いわくつきのようなネックレス。焼け焦げた携帯。背表紙のない文庫本。血のついた手袋。
どれも無造作に置かれているのに、そこにあるだけで意味があるような気配をまとっていた。
添えられたカードには、太字のマジックで言葉が一つだけ書かれている。
《報復》
《保護》
《暴露》
《抹消》
“願い”のようであり、“目的”のようでもある。
だが澪は、そのどれもが「情報」そのものだと直感的に理解していた。この部屋では、言葉が“価値”を持っている。
「──これはね、過去にここで“契約”した人たちの、取引の記録さ」
そう言って倖は一歩先を歩きながら、ふと立ち止まった。
ある棚の前。そこだけ埃が不自然に払われていた。
澪が視線を落とすと、棚の奥に一枚のカードが立てかけられている。
《消失》と書かれていた。
そのカードの横には、くしゃくしゃになった白いリボンと、半分だけ折れたシャープペンシルが置かれていた。
「……これも、誰かの“願い”?」
澪がそっと手を伸ばしかけた瞬間──
倖が静かに、でも明確にその手を制した。
「触らない方がいいよ。ここは、結果だけが置いてある。
……その人が、“何を払ったか”は、想像しない方がいい」
声は笑っていたが、目は笑っていなかった。
その目が、この部屋にかつてどんな“交換”があったのかを雄弁に語っていた。
耳の奥で、何かが囁いた気がした。
女のすすり泣きか、子どもの声か、誰かの後悔そのものか──。
けれど澪には、それが現実の音か、不安の成分が耳を欺いているだけなのか、判別がつかなかった。
まるで、“誰かの後悔”そのものが、この壁に染みついているかのようで──。
この場所は、本当に先程までいた現実と同じ世界線なのだろうか。
そう思いたくなるほど、不思議で、不気味で、非現実的な空間。
それでも──ただ一つ、確かなことがある。
これは現実だ。
現実にある、現実じゃない部屋だ。
澪は、目の前で微笑む倖を見つめるしかなかった。
Q.秘密の部屋とは?
A.どんな情報も見合った対価を支払えば手に入れる場所
──それが、たとえ……命であったとしても。
────
差し出すのは、わたしの何? それでも、あの人を守れるのなら。
願いの代わりに、何を奪われるかは……その扉の先で知ることになる。
Fin