夜を導く光、それは赤い極道でした。
Lux15:信頼
【第1話】仮面の下
ねぇ
この光が誰かを照らすなら
その影は 誰のもとに落ちるの?
選んだのは希望じゃない
それでも 手を伸ばした。
罪も罰も 誰かのために
正しささえ 誰かのものになるなら
私は
「間違い」でありたかった。
見えない道を
笑って歩くために。
────
時間は過去に戻り、澪がパーティー会場に入る頃合い。
警備の足音だけが響く屋敷の一室で、久我山はスマホの画面をじっと見つめていた。
「……また、勝手に動いたな」
澪の位置情報が、屋敷ではなく別の場所を示している。
数タップで現地を特定。高級ホテル──最上階、仮面パーティ。入場条件はパートナー同伴。
舌打ちを一つ。久我山は、すぐにある人物へ連絡を入れた。
「……いません。やはり、また一人で──」
荒々しい普段の様子とは違い、少し強張った声。久我山は静かに息を吐いた。
「……許可を。俺が行きましょうか?」
数秒の沈黙。電話越しに、相手の気配だけが伝わってくる。
『いや──俺が行く』
久我山の眉がわずかに動いた。
「……了解しました」
久我山は静かにスマホを置く。
その目は、夜の向こうにいる少女を、じっと追っていた。
******
──現在の時間軸。
倖と共に澪がコインを握りしめ、満ち足りた笑みを浮かべながら人混みに紛れようとしたそのとき。
スッ──と開いた扉の向こうから、ひと組のパートナーが現れた。
長身の男。シックな仮面に、どこか馴染みある空気。その隣には、ビタミンカラーの黄色のドレスを纏った女性。
澪の動きが止まる。心臓が、ひとつ跳ねた。
「……なんで、ここに──」
顔を隠していてもわかる。それだけ、二人はオーラを放っている。
そんな彼らは、ゆっくりと澪の方へ歩み寄ってくる。
「夜遊びとは、随分と元気だねぇ、澪ちゃん。──うちの《庵(いおり)》、いつから仮装劇団になったのかな?」
静かな笑みは変わらないまま、声音にはじりじりとした熱が滲む ──信昭だった。
「……まさかとは思うけど、自分が何してるか、ほんとに理解してる?」
仮面もつけて、服装も違う。一切の迷いなく近寄られた。なぜバレたのか。澪が言葉を失っていると、信昭の腕に寄り添うようにいた千代子がふっと目線を合わせて、やわらかく微笑む。
「……心配したのよ。あなたがまた、知らない場所で知らない顔に囲まれてるんじゃないかって」
千代子は、そっと澪の手元を見やる。その視線の先には、握りしめた金のコインがあった。
「けど──信じてるから。ね?」
仮面越しでもわかる。きっとその奥にあるのは、変わらない笑み。責めるわけでも咎めるわけでもない、彼女特有の菩薩の笑み。
その笑みに、澪はほんのわずかに、緊張をゆるめた。
──けど、それも一瞬。次の瞬間には、信昭の視線が澪を射抜いた。
「ここの主催もそうだし、噂で聞いた話しだとゲストのVVIPはあのMr.BIG。イタリアマフィアの息がかかったところにお散歩気分はやめてほしいなぁ」
「お散歩ではありません。社会勉強です」
「それはそれは優秀だねぇ?でも、庵の名前背負ってノコノコ足を運ぶのは、“勉強”じゃなくて、“挑発”って言うんだよ」
信昭の声音は一見穏やかな圧なのに、じわじわと強まる支配があった。
「ただでさえ、うちには同盟を結んだイタリアマフィアがいるのに、他のマフィアのところに足を運ぶその意味が……わからないのかなぁ?そんなに頭スカスカだったかな?」
「それではみんなで仲良くなれる輪が広がったということで」
「あはは、本当に発想がお子様だね。澪ちゃんが他のマフィアと仲良くすると、うちの庵に嫁いでくれた大切なお嫁さんの立場が危うくなるんだけどね」
「ええ?そんな方、いましたっけ?千代子ママ?」
千代子は静かに首を横に振る。その隣で信昭は澪に対して針を刺すように言葉を投げる。
「まっつんの大切なお嫁さんのことだよ」
「栞さん……ああ、そういえばそんな話聞いたことありました」
以前久我山から耳にした内容。政略結婚という建前のそれ。けれど松野と栞の本人はそうは思っていない……想いあっている2人がちゃんと存在している。
「彼女はイタリアマフィアのボスの娘だからね。だから、彼女の実家とは別のイタリアマフィアと繋がりがあると思われたら……大変なわけ」
信昭の言葉は柔らかいのに、現実的で冷徹。そのまま淡々と澪を詰めていく。
「うちが政略で結んだ“たった一つの安全綱”を、澪ちゃんの不用意な一歩で揺らがせることになるんだよ」
信昭の言葉を澪はほうほうと頷く。
「では、このことは栞さんのご家族には内密ということで。ここにいる人は詮索はタブーでしょうから、私たちが口を割らなければ伝わることはないでしょう」
「へぇ……澪ちゃんは、俺がわざと言いふらすとは思わないの?こんなことをしでかしちゃう面倒な澪ちゃんを始末したいと思ってるかもよ?」
「いや、あなたはしないでしょう。だってそんなことをしたら、面影庵に大打撃ですからね」
澪の真っ直ぐな声音。それを受けた信昭は澪を見つめる。
その目に、笑みはない。ただひたすらに、何かを測るような静謐な眼差し。
──澪を値踏みするような、あるいは見定めるような。
横で交わされる応酬を、倖は一歩引いた位置から見ていた。
否、正確には──目の前のやりとりが、まるで火花を散らすように感じられて、口を挟む余地すらなかった。
信昭の言葉には、冗談めいた語尾の裏に研がれた刃のような意図が潜んでいる。
一方で、澪の返しはどこかズレているように見えて、でも芯は決して折れていない。
──……どっちも、恐ろしい人たちだ。
そう思う一方で──その中心に立つ澪が、まるで水の上にすっと立っているような、不安定さと不思議な均衡を保っているように思えた。
彼女は、知らないうちに“こっちの人間”になっていってる。
そんな現実を、倖はまだ上手く飲み込めずにいた。
その瞳の奥にあるのは──警戒か、それとも、諦念か。
────
──誰が、何のために仮面をつけるのか。
微笑むその裏に、本当の顔はあるのか。
この夜、暴かれるのは他人か、自分か──
運命のピースが、静かに揃いはじめる。
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