夜を導く光、それは赤い極道でした。
【第2話】仮面越しの本音
信昭の視線が、すっと倖へと流れる。
「──で、そっちのお連れさんは?」
澪はチラリと倖に視線を送る。話していいものかどうかわからないから。倖は、そんな澪の心を読んでいたかのように、静かに口を開いた。
「今宵の彼女のパートナーです。招待状にも、同伴者の欄にしっかり記名しました──彼女の名を」
「うちの庵の保護下にいる子を許可なく……ねぇ?それがどういう意味か理解できてる?」
「もちろん。しかし、私を選んだのは彼女自身です」
「選ぶなんて言い方、なんとでも言えるよね。脅して言わせても、さ」
「それは、」
倖はひと呼吸おいてから、ゆっくりと、言葉を落とした。
「……あなたがそういうことをするから、ですか?」
囁くような声。それでいて、一切の動揺も迷いもない。
仮面越しでも伝わる互いに引かない二人の攻防。
「ご心配なのも無理はありません。彼女はあまりにも魅力的だ。しかしご安心を。私は無理やりは信条じゃないので」
倖の声音がワントーン高くなる。この会場に入った時に聞いた声色だと澪は思った。仕事相手に対しての妙な明るいキャラを演じている。
「もちろん、今夜の責任はすべて私が負います。彼女を無事に送り届けることも含めて、ね」
数秒の沈黙。
信昭は、ゆっくりと目を細めた。
「……へぇ。責任ねぇ」
鼻で笑ったその一瞬、仮面の下の表情は読めない。
けれど、背筋を撫でるような冷気が、空気に混じった。
澪が思わず倖を見上げると、彼は穏やかに微笑み、そっと囁いた。
「大丈夫。きみは、黙って隣にいてくれればいい」
──倖くんは、本当に何者なんだろう。
隣に立っているはずなのに、どこか遠い人のように澪には思えた。
そんなふたりの様子を見ていた千代子が、やわらかく声をかけた。
「……澪ちゃん。もし何かあったら、すぐに連絡してね?あなたの味方は、ちゃんとここにもいるから」
その優しい言葉に、澪は小さく頷いた。
そして──
「……行こう、責任は、全部俺が背負うよ」
倖の背に続くように、澪は一歩、踏み出した。
それを見送る信昭の視線は、夜よりも暗く、深く沈んでいた。まるで、仮面の奥にある正体を、じっと覗き込んでいるかのように。
「……本当に、悪運が強い子だ……」
信昭の呟きに、千代子がちらりと振り返る。
「どうかしました?」
「いや──なんでもないよ。今はまだ、泳がしておこうか」
仮面の奥の瞳が、ほんのわずかに笑った。
******
会場から出た二人。着替えを済ませて今はもう仮面も取り払われている。
先程までが、まるで幻の空間だったような……そんな気が澪はしていたが、手の中にあるコインが現実だと教えていた。
澪は倖の運転する車の助手席に乗り、窓の外を眺める。
車内は静かだった。信号待ちのたび、倖の指がステアリングをトントンと叩く。
「やってくれたね、澪ちゃーん?」
「え?なにがです?」
澪が窓から隣へ視線を向けると、倖は笑っていた。けれど、目元はまったく笑っていない。
「面影庵No.2が来るとは思わなかったなあ。てっきり、来るとしても澪ちゃんの護衛の彼かと思ってたよ」
「それは私もです。いやぁ驚きましたね」
「……じゃあ訊くけど。スマホ、切ってなかったよね?」
「はい。でも、場所は教えてませんよ?倖くんと約束しましたから」
「なるほどねぇ。つまり──“教えてはいません。持ってただけ”ってやつだ」
助手席の澪に視線を寄越さず、倖は前を向いたまま、口元だけで笑う。
「……なんて、賢い子だ」
「ん?それ、褒めてます?なんとなく嫌味に聞こえますが」
「まさか。感心してるんだよ、ほんとに」
けれどその声には、どこかヒリついた皮肉が混じっていた。
「澪ちゃんが、そこまで保険張るタイプだったなんて、俺もまだまだ見くびってたなあ」
「保険というか……何かあった時のために、ですね。私、やらかしてますので。黙って外出て、襲われるの。心配かけないように。だから……どっちの約束も、守れたかなと」
「……約束、ね」
「名案だったと思いますよ」
「契約としては、ギリギリのラインかな」
「え……ダメです?私取引不成立ですか?情報もらえませんか?」
「さぁ? どうかなー」
夜の街が遠ざかっていく。高層ビルのネオンが、窓に滲んで流れる。
車内に流れる音楽は、どこか古びたクラシック。ハンドルを握る倖は、それに口笛を合わせている。
「……楽しかった?」
「え?」
不意に投げられた問いに、澪は瞬きをする。
「パーティー。退屈だった?」
「退屈というか……場違いすぎましたね」
「でも、きみはちゃんと主役を奪った。Mr.BIGが“きみの運命になる”って言ったとき、会場の空気変わったよ」
「……あれは、偶然です」
倖は、笑う。いつもの何かを含んだような笑み。
「……偶然って言葉は、運命より怖い」
倖の言葉が車内に響く。澪は黙ってそれを聞いて……考える。
「そう考えると、やっぱり私は幸運ですね。倖くんという素敵なパートナーが夜遊びに連れ出してくれたおかげで、大きな繋がりを得ましたから」
澪はコインを見せる。
「それもこれも倖くんが偶然、私の高校の購買部のお兄さんとしていたおかげです。……まぁ、裏の顔が情報屋なのは驚きましたが」
「惚れ直しちゃった?」
「んー、ミステリアスではありますけど。……でも、購買のお兄さんって響きのほうが、落ち着く感じありましたねぇ」
澪のなんとも軽い感じの物言いに、倖は目を丸くする。
言葉に詰まった。同時に、込み上げるもの──それは、澪への密かな想い。
────
知らない顔に囲まれて
知らないまま、誰かの運命を変えてゆく。
選んだつもりも、選ばれたつもりもない──
それでも、この夜の鍵は、
“偶然の名をした必然”を連れてきた。
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