夜を導く光、それは赤い極道でした。
【第3話】声なき叫び
屋敷で真次郎を探しては、そのままそばにいる澪。一緒にいる時間が多くなり、はじめは軽くあしらっていた真次郎も諦めたのか、口で言うほど迷惑そうな様子もない。
今日も今日とて、澪は学校が終わると一目散に真次郎のもとへ行く。
庭先、二人きり。縁側に座る真次郎の隣でそれはまあペラペラと口を閉じない澪。そんな澪に呆れた顔を向けつつ、その視線は優しく──。
そんな真次郎の視線がふいに澪の首元に落ちた。緋色の目が、金のコインを掠めて止まる。
「それ、なんだよ。新しいアクセ?」
「あ、これですか?貰ったんですよ」
「は?誰に?」
「ええと……ヒミツです」
ぱっと笑って澪はごまかしたつもりだが、真次郎の目が笑っていない。じりじりと詰め寄るような静かな圧。
「……おい、澪。誰にもらったんだ、それ」
「ちょ、ジロ? そんな目しないでくださいよ。やだなぁ、まるで取り調べ……」
真次郎の目は笑っていない。静かすぎる声に、背筋がひやりとし、空気がぴんと張り詰める。冗談でごまかせる雰囲気じゃない。澪は少し唇を噛んだあと、おとなしく口を開いた。
「BIGさんですよ。おじいさん」
「BIG……?って、まさかあのBIGか?」
「はいっ。なぜか気に入られちゃいまして。あの場で、私、運を使い果たしましたね」
真次郎の表情が一瞬で変わった。血の気が引いていくのがわかる。
「あの場って、おまえ……どこ行ってたんだ……っ」
「仮面パーティですよ?頼まれて」
その単語に真次郎は顔を顰める。病室で松野から聞いたことは、ここに繋がっていたのかと。
「誰に」
「え?倖くんです」
「倖……?」
「ほら、購買部の。普段と違うスーツ姿は破壊力抜群ですね。あと、他の人には秘密でお願いしますね。私また、くーちゃんに怒られてしまいます。勝手に何してんだって。そうでなくても、のぶ兄さんと千代子ママには知られてるんですから」
「は?なんで、そいつがそんなパーティー知ってんだ?その情報、そいつはそもそもどこで……」
「ええと、それは……倖くんがちょっとその……」
「ちょっと、なんだよ」
真次郎の視線は鋭い。澪は悩みつつも隠すことはできないなと判断して口にする。
「秘密の部屋です」
軽々と、なんでもないような声音で。
「は?」
「だから、秘密の部屋で倖くんにその話を持ちかけられたんです。あ、理由は聞かないでくださいね?ほらよく言うでしょ?秘密が女の魅力を底上げするって」
真次郎は黙り込んだ。言葉が出ないのか、怒りを抑えているのか、読み取れない。
澪はふと、自分の胸元に触れる。コインはまだ、そこにあった。
「失くすと困るので……“幸運”は、目に見えないから。せめて、触れられるようにしただけです」
まるで達成感に満ち溢れた表情を浮かべる澪。その表情を目にして真次郎は、顔を歪めると立ち上がる。
「ジロ?どこへ行くんです?」
真次郎が一言だけ、振り返る。
「秘密、守ってやるから黙ってろ」
その小さな首飾りが、真次郎の感情にどんな波紋を広げていたか──澪は、まだ知らなかった。
******
屋敷の廊下を、真次郎はひとり歩く。
拳は硬く握られたまま。骨が軋むほどに。
思い出すのは、あの無邪気な笑顔。
“あそこ”に行ったと、何でもないことのように言う彼女。
運命の証のように──あのコインを、胸元で撫でていた。
「……“幸運”?」
口にしてみて、自分でも笑った。
どこが、だよ。
裏の裏。
誰が踏み込んでもいい場所じゃない。
あの部屋が何を意味するか、澪は知らない。
それを、笑って話せることが──恐ろしかった。
怖い。
あそこに関われば、もう戻れないこともある。
それでも。
「……ふざけんな……」
喉の奥で絞られた声が、足を速めた。
******
真次郎が立ち去ってから、庭先には、しん……とした静寂が残った。
さっきまで真次郎が座っていた縁側の隣──その場所に、澪はまだぽつんと座っていた。
ぽつり、と。
「……怒ってた、のかな?」
誰にともなく呟く。返事は、風が梢を揺らす音だけ。
視線を落とすと、自分の胸元で小さく光る金のコイン。
澪は指先でつまんで、くるくると回す。
「んー……ジロ、なんで怒ったんでしょうね?」
指先でコインをつまんで、くるりと回す。
回るたびに、光がちらちらと揺れて見える。
「……でも、まぁいいや」
そう言って笑った。
その無防備な笑顔が、どこまでも“何も知らない”ことを物語っていた。
────
──知らない方が、
幸せだったと、
言わせないために。
無邪気な光の裏で、
俺の闇が、目を覚ます。
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