夜を導く光、それは赤い極道でした。
【第4話】静かな恐怖
「だから、厄介すぎるから警戒はしてね」
翌日も澪は倖へと同じことを言われた。昨日と違うのは澪のメンタルの方で、漠然とした不安が今日は取り除かれている。
「えー?私にそんな価値ないと思いますけどね」
「澪ちゃん、怖くないの?昨日より元気だね」
「それが、今日いい夢を見まして。こう、心がキュンと言うか、あったまるといいますか」
澪はぽわんと笑った。手に残るあたたかさと、頬をなぞる感触が、まだ少しだけ記憶に残っている。
「なんか、誰かが手を握ってくれて、優しく撫でてくれて……もう、本当に天国かと思いましたよ。……起きたら枕びちょびちょでしたけど」
冗談めかして笑う澪に、倖は呆れ顔を向けた。
「いや、それ絶対“恋のやつ”だよね?」
「へ?そんなことありませんって!夢ですよ、夢!」
澪の能天気さに倖はため息を吐き。ただただ、もう一度釘を刺した。
「……はあ。もう一回言っとくけど、誰が味方か、ちゃんと見極めなよ」
「はーい」
軽い口調で澪は購買部から教室へと戻る。
ふと、またしても視線を感じ……けれど澪の目の先に、誰も、いなかった。
ただ、昇降口のガラス戸越しに、白い霧が立ち込めているだけ。
その霧の向こう、ほんの一瞬だけ──“黒い影”が通ったような気がした。
背筋に、冷たいものが走る。
「……ほんとに、気のせい……?」
そう呟いた澪の声も、霧に溶けて消えていく。
彼女はもう一度、ガラス越しの外を見つめたが、そこには何もなかった。けれど、確かに胸の奥で警鐘が鳴っていた。
——何かが、来ている。
それは偶然ではなく、意志のある“誰か”によるもの。
昨日から続く違和感の正体が、ついに輪郭を持ち始めていた。
その頃。別の場所。
霧のかかる山中の一本道を、一台の黒塗りの車が静かに走っていた。
運転席に座る男は口数少なく、後部座席の人物に時折目をやる。
後部座席には、ひとりの男がいた。
仮面パーティーで、澪を“見ていた”その男──
敵対組織、〈黒鴉会〉の幹部のひとり。
名を、「ベルモンド」と言う。
まだ三十代の若さながら、冷徹さと頭脳、そして残虐さで組織の中枢に食い込んだ男。裏社会では“鴉の目”と呼ばれる監視役でもあり、標的を見つければ逃がさない。
その瞳はまっすぐに前を見据えていた。
助手席の男が言う。
「……あの女、何者なんです?BIGのコインを持ってるって噂ですが、どこの娘でもないようです」
「BIGは、“運命”に興味を持つ。あの少女には、何かがある。……だから、知りたいんだ」
「殺りますか?」
「馬鹿を言うな。殺すには惜しい」
ベルモンドは薄く笑った。瞳の奥は獲物を値踏みする捕食者のそれ。
「これは“観察”だ。ただそれだけさ」
その声は酷く穏やかだったが、どこか氷のような冷たさを孕んでいた。
彼の目的は、今のところ“観察”──
けれど、その観察がいつ“接触”に変わるかは、誰にもわからない。
その日の夕方。
校舎の裏門のすぐ外、小さな駐車スペースのそば。
一台の車が止まり、スモークのかかった窓の奥で、誰かがこちらを見ている。
それは、澪が気づかぬまま、久我山を待つために毎日通る道のすぐ傍。
その視線は、一切の感情を持たず。
まるで標的をデータとして記録しているかのような視線。
ただ静かに──彼女のすべてを、観察していた。
──その目に映る少女は、まだ何も知らない。
────
霧の向こうに潜む眼差しは、
ただ、淡々と少女を映す。
そこに愛も憎しみもない──
あるのは“興味”と“所有欲”だけ。
静かな観察の影が、
未来をゆっくりと、
追い詰めていく。
Fin


