夜を導く光、それは赤い極道でした。
【第2話】視線の針
いつも通り学校へと通い、夕方、空が群青に染まりはじめる頃。
澪は学校の正門を出て、ポケットに手を突っ込んで、小さく息を吐いた。
「……送迎車、故障、とは」
朝、久我山にそう告げられた。
今日は代車が間に合わず、「久々に歩きでもいいか?」と尋ねられたのだ。
澪は快諾した。車に乗るのが特別好きなわけでもないし、今日は少し風も気持ちよかった。
「んー、これは日頃の運動不足解消になりますね」
「あんな屋敷中を暇さえあればうろついてんのにか?」
「いやですね、くーちゃん。人をそんなネズミみたいに言わないでくださいよ」
隣を歩く久我山を見て小さく笑いながら、澪は住宅街へと入る。車では通らない。けれど面影庵に会う前までは通っていた、いつもの裏道。
人通りは少ないが、治安が悪いわけじゃない。
いつもと同じ道。けど、どこか──空気が違う。
──なんでしょ?これ。
背中に、視線の針が刺さるような感覚。
澪は立ち止まらず歩く。
背後で一瞬、車のエンジン音が止まった気がした。でも振り返らない。
気づかないふり──それが一番安全な気がした。
そう思いながら角を曲がったそのとき──
「助けて!誰か、お願い!」
通りの先で、女性の悲鳴が上がった。
「っ!」
反射的に駆け出す。見れば、暗がりで二人の男が、若い女性を壁際に追い込んでいる。
「くーちゃん!あれっ……あれ?くーちゃん?どこです?」
澪は隣にいたはずの久我山の姿がないことに驚き、辺りを見回すが見つからない。その間にも女性の悲鳴が耳に届く。
「……いけません。いけませんよ?それは普通に犯罪です」
澪がいつも通りの声音を響かせる。男たちが振り返る。一人はサングラス、もう一人はニット帽。
どちらも典型的な“ヤンキー上がり”風の粗暴な風体。
「なんだ、ねーちゃん……どけ」
「その人、嫌がってますよ?このままだと警察とか野次馬とか?スマホで撮影されて拡散?なんてことも?ありますけど……よろしいんです?」
「おいおい……ヒーロー気取りか?こっち来いよ」
そう言いながら、ニット帽の男が澪に近づく。
まずいと思った。力では敵わない。……ならば、一か八か。自分の運を試す時。
澪は、首元のペンダントに手を伸ばす。
それは、金色のコイン──ΩとFATEの刻印が施された、運命の証。
「……“このコイン”、知ってます?ちょっと?かなり?有名らしいんですけど」
男たちは一瞬、目を見張った。
「なっ……」
「それ、……まさか、BIGの……っ」
「あ、ご存知でしたか。よかったです。知らなければ意味ないですもんね、こういうアイテムって。BIGさんに感謝。それでは……改めまして」
澪はコホンと一つ咳払いをし、堂々とコインを掲げる。日の光が金の刻印に反射し、刹那、空気が張り詰めた。
「──っ、この紋所が、目に入らんか!!」
その瞬間、二人は視線を交わし、豹変する。
さっと距離を取り、女性を放すと、振り返って無言で走り去った。
「おお、逃げていきましたか。……ヤンキーにも、これ効くんですね」
澪は呑気にしつつも、手の中のコインを見つめる。
助けられた女性は震えながら礼を述べ、すぐに立ち去った。
澪は深く考えず、「よかったよかった」と久我山と一緒にいたであろう場所に向けて歩き出す──。
「くーちゃーん?どこですー?」
久我山からの返事はない。澪の声が虚しくも辺りに響く。
その一部始終を、夜の闇の奥、停車中の黒い車の中からベルモンドの部下が録画していた。
「BIGの名を……使ったか」
離れた場所から、淡々と事実を語るように映像を眺める。
続けて小さく、無線が鳴る。
『確認。対象はΩコインを保有、“威嚇”に使用。逃走した男たちは、こちらで用意した偽の襲撃役──現場の反応に虚偽なし』
「ふむ……つまり、彼女は“本当に”BIGに守られている。ただの飾りじゃないな」
ベルモンドは、軽く唇を歪めて笑う。
「おもしろい少女だ。……さて、玩具の価値を確かめる時間だ」
無線相手に簡潔に、けれど圧をかけて、命令が下された。
「──では、“接触”から、“回収”へ移行だ」
闇の奥。
無音のカメラが、少女の一挙手一投足を記録する。
それはすでに、彼女を中心に静かに回りはじめている証だった。
────
闇は静かに目を開け、
風はただ、通りを撫でるだけ。
運命の証を掲げた少女は、
まだ気づかない。
その小さな勇気が、
どれほど大きな波を呼ぶのかを。
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