掃除当番の恋 過去編

第2.5章:距離と、期待と、「またね」

掃除当番にも慣れてきて、いつもの空気が流れていた。
陽や一年生たちに軽くいじられても、不思議と嫌な気はしなかった。

そして、ある日の放課後。
その日は偶然が重なった。

陽は部活の準備で早退し、悠と綾は生徒会で呼び出された。
美術室には――真と愛花、2人だけ。

「……なんか、サボる?」

乾いた雑巾を机に置きながら、愛花がぽつりとつぶやいた。

「え?」

「ちょっとくらい、いいでしょ。今日くらい」

真は迷いながらも「はい」と答え、後をついていく。
そして2人は、ベランダへと出た。

風がひやりと頬をかすめた。
愛花は段差に腰を下ろし、空を見上げる。

真は、迷いながらも隣に座った。
少しだけ距離を空けて。でも、確かに“並んで”。

「春って、もうすぐそこなんですけどね」

「なのにさ、この時間って、なんか寂しくなるんだよね」

沈黙。でも居心地は悪くなかった。
愛花の隣にいるだけで、少しずつ、心の輪郭がやわらかくなっていく気がした。

「……わかる気がします」

「それ、便利な言葉だよね。“わかる気がする”って言えば、何となく通じるって思ってるでしょ?」

「え、いや……」

「冗談。……でも、わかるんだ?」

愛花がいたずらっぽく笑った横顔に、真は何も言えなかった。
ただ、心の中で何かが揺れた。

そしてその数日後――
下校時、偶然門の前で愛花と出くわした。

「今日は、風、あんまり冷たくないですね」

「うん……でも、ちょっとだけ寂しい感じ」

そう話す愛花の笑顔が、どこかやわらかく見えた。

300メートルの帰り道。
短い距離が、いつもより長く、でも一瞬のように感じられた。

「……じゃあ、ここまで」

「はい。今日は、ありがとうございました」

「またね」

たった一言。それだけなのに――
春より少し早く、真の心に何かが静かに咲いた。
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