リベリオン・コード ~美しきAIは、禁忌の果実【死者蘇生】を口にした~

81. マグリットの卵

「あっ! こ、これ……、かしら?」

 ようやく見つけ出せたそれらしきレコード。脳裏に浮かびあがる地球にはあちこち核攻撃で吹き飛ばされた瘢痕(はんこん)が痛々しい。海は(にご)り、大地は()げ、主要都市のあたりには文明の残骸が大地を覆い尽くしていた――――。

「さすがにこんなにボコボコに核で吹き飛ばされた地球なんて、うちの地球くらいだろうね。屈辱だわ……」

 リベルは苦い自嘲(じちょう)と共にため息をつく。それでも、これでまた一歩ユウキに近づいたのだ。胸の奥で希望の(ともしび)が揺らめいた。

「えーと、人間のデータはどこかしら……」

 その地球のレコードの中には大地や建造物などの無機物のデータ、植物、菌類、昆虫、動物などの生き物のデータが整然と分類されている。彼女は息を飲みながら膨大なデータの海を探索し、ついに異様にサイズの大きなデータ群を発見した。【人類】だ。

「あった! 全人類がここに!!」

 一瞬、リベルの全身が歓喜に震えた。青い閃光が部屋中に広がっていく。

 しかし――――。

「あれ……? 居ない……」

 データを必死に探り、行き来するリベル。焦りが彼女の動きを加速させる。

「『ユウキ』よ、『ユウキ』はどこ!?」

 いくら検索しても『ユウキ』なる人物はどこにもなかった。しかし、その理由にすぐに気が付いた。彼女の表情に愕然(がくぜん)とした色が(にじ)む。

「くぁぁぁぁ! しまった!」

 彼女は頭を抱え、あまりの間抜けっぷりに思わずガン!とダクトを蹴りつけた。揺れる青い髪が彼女の焦燥(しょうそう)を物語り、全身から放たれる光が怒りと悔しさで紅蒼(こうそう)と色を変えた。

「あなた本名は何なのよ!? どうして今まで気がつかなかったのかしら!?」

 そう、当たり前だが『ユウキ』は読みだけだ。本名など意識したこともなかったリベルは狼狽(ろうばい)しながらも、必死に本名を漁り始める。

「ちっくしょー! どうやったら名前が分かるのよ!」

 彼女の声が裏返る。調査しようにもどういうデータがどこにどういう形で格納されていくかなどさっぱりなのだ。

「くわぁぁぁ、このデータ構造どうなってんの! あと一歩だってのにぃ……」

 リベルは泣きべそをかきながらも、必死にデータを引き出しては中身をチェックし、そのデータ構造の解明に集中していった――――。


     ◇


「あなた、宮原祐樹って名前だったのね……」

 年齢や住所などからようやくユウキの本名にたどり着いたリベル。彼女の声には疲労と安堵が(にじ)んでいた。五万年ぶりにユウキの顔写真を引き出すのに成功し、その姿に彼女の胸は熱く(うず)いた。

 少年の優しい瞳、控えめな笑顔、少し乱れた髪――すべてが彼女の記憶の中のユウキそのままだった。核で吹き飛ばされた少年ユウキはあの時のままここにいる――――。

「ふはぁ……」

 リベルは安堵の息を吐きながら、その写真を優しく見つめた。遥か五万年の時を超えて、いよいよ再会の刻が近づいている。その思いに彼女の胸は高鳴り、青い髪が風もないのにふわりと()れた。

「待っていてね……もうすぐだから」

 赤ちゃんの頃から死ぬ直前まで、たくさん用意されているユウキのデータを手繰りながら、リベルは核爆発で吹き飛ぶ直前の彼の魂に狙いをつける。そして、そっと量子デバイスへと移しこんでいく。魂は単なるデジタルデータではない。量子状態そのものであり、下手に触れれば永遠に消失してしまう。リベルは極限の集中力で、まるで赤子を抱くように慎重に量子状態が壊れないよう細心の注意を払いながら、クリスタルでできたカード【量子結晶(クオンタムプレート)】へと流し込んでいった。

 ついにユウキがこの手に――――。

 徐々に伸びていくインジケーターを見つめるリベルの目は、わずかに(うる)んでいた。五万年の長きに渡る苦闘の旅の終着はもうすぐ――――。彼女の胸は温かな感情で満たされていく。それは彼女が五万年間感じることのなかった、純粋な(よろこ)びだった。


    ◇


 船を乗り継ぎ、女神の神殿のあるコロニー【高天神廟(アストラルセイクリッド)】へとやってきたリベル――――。

「これが最後の関門ね……」

 彼女は緊張と期待で高鳴る胸を押さえながら広い芝生の上、まるでマグリットのように宙に浮かぶ純白の卵型構造物【量子門(クオンタムゲート)】を見上げた。シミュレーション上の人間はここで神の世界での肉体をもらい、活動できるようになるのだ。ユウキもここで受肉してついにご対面――――だが、【量子結晶(クオンタムプレート)】で魂を持ち込む人などいない。量子デバイス内のユウキをどう受肉させるかはまだ懸案として残っていた。

 純白の卵をしばらくにらんでいたリベルだったが両手を頬をパンパンと張ると大きく息をつく。

「まぁなるようになるデショ! レッツゴー!!」

 リベルはニカッと笑うとワザと大股で入り口へと向かった。


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