Pleasure Treasure(プレジャ、トレジャ)

6、末期症状(2/☆☆)

背が弧を描いて、浮遊する。
「菫子……」
 切羽詰まった声は、早くひとつに溶けたくてしょうがないという感じがした。
 胸がきゅんと疼く。
 彼が欲しくてたまらないのは同じ。
 脚の間に触れた髪がくすぐったくて身をよじる。
 そこに触れられることはまだ変な感じがするけれど、
 一歩ずつ近づいてくる波にさらわれたくて、
 本能のままに任せている。
 意識が弾け飛ぶ。
 額と頬に落とされるキスで、菫子は秘めやかな夢に落ちていった。


 どこかで、呼ぶ声がする。
 耳を澄ませて、慎重に歩みを進めてその先へ向かう。
「……こ」
「涼ちゃん、どこ?」
 虹色に輝く雲の上にいた。
 足元を取られないように気をつけて進んでいた菫子は、段々と焦燥に駆られて走り出す。
 あの優しい声に、会いたくて、抱きしめ合いたくて。
 途中、足がもつれて転びそうになったけれど、
 近づいてくる距離に胸を踊らせて、走る。
 気づけば彼の方もこちらに向かって走っていた。
「菫子!」
 大きな声で叫んだ涼が、腕を広げ、強く菫子を抱きとめる。
 腕の中で、包まれてうっとりと心地よい感覚を味わう。
 見上げたら、穏やかなまなざしとぶつかった。
 髪を梳いて撫でてくれる指先さえ愛しくて泣き出してしまった。
 こみ上げる嗚咽で肩を震わせる菫子の手を
 握りしめる手は大きくて、彼だと安堵する。
 当たり前なのに、それが嬉しいのだ。
「もう大丈夫や……。一緒やから」
 菫子はふわり、と微笑んだ。
 すがるように、涼の背に抱きついて、ことんと身を預ける。
 それを合図に、短い夢から覚醒した。
 瞬きを繰り返して、うっすらと瞼を持ち上げると、
 どこか心配そうに涼が見つめていた。
 菫子の横に肘をついて覗きこんでいる。
「涼ちゃん?」
「いや、あまりに帰ってこんかったから……」
「夢を見ていたわ。涼ちゃんが出てきたの」
 ぽつり、ぽつり語りだした菫子に涼は興味津々の態で耳を傾けている。
「へえ。どんなんやった」
「涼ちゃんが呼ぶほうへ走って行くんだけど
 雲の上だったからなかなか大変で、
 でもちゃんと走り寄って来てくれた」
「……それで」
「抱きしめて、髪を撫でてくれたの。
 もう大丈夫や……一緒やからって」
「さっき菫子の手を握りながら言うたわ」
「……え」
 夢と現実は隣り合わせで、迎えに来てくれた手を掴んで、戻ってこられたのだ。
 一人でさまよい歩いていた世界を二人で抜け出した。
 ほっと、体の力が抜け、腕を伸ばす。
 繋いだ手のひらに力がこもる。
「一緒に往こう」
 囁きが、落ちてくる。
「……ええ」
 菫子が夢の中を漂っている間に、準備を終えていたらしい。
 戻るのを待っていた涼に、笑いかけ手を伸ばす。
 向かい合って横になった格好で抱きしめ合っている。
 圧迫感を感じた瞬間彼の手のひらに爪を立てた。
 熱く溶けだしそうな体の奥で、涼が主張する。
 狂おしい引力が、体に満ちては引いていく。
 何度息を吐き出しても間に合わず途切れ途切れになる。
 名を呼んでも、うまく言葉にならなかった。
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