Pleasure Treasure(プレジャ、トレジャ)

9、egoism(3)

すう、と息を吸い込む音。
「彼が病気になったのは、私と付き合い始めて二年が経った頃よ。大学に入学する直前だったわ」
「え……」
「高二の時から付き合い始めて、いろいろあったけど、
 悲しいことより楽しいことの方が思い出せるの。
 だって、出会えたこと自体が奇跡でしょ」
「私もそう思うわ」
 菫子は、伊織の澄んだ表情に引き込まれていた。
 決して全部同じではなくても、同じものを共有できるから嬉しい。
 涼は、二人の女性の表情に魅入られている。
 菫子との出会いも奇跡だったのだ。始まりは遅かったかもしれないが。 
「自分で受け止めるのに精一杯だったわ。
 何度泣いたか分からないくらいよ。
 大学に入学したことは嬉しかったけど、複雑だった。
 本当は隣にいたはずの彼が、病室のベッドの上にいたから」
 伊織はあくまで笑顔だったけれど、今にも壊れそうな表情だった。
 菫子は思わず彼女の手を強く握った。涼のそばを離れて寄り添う。
「せっかく合格していたのに運が悪いわよね。
 本当はもっと前から発症していたのかもしれないけど……気づいてあげられなかった」
 伊織の震える手のひらが、菫子の胸に痛みを呼び起こす。
「もしかしたら、私のせいで彼は病気になったんじゃないかって考えたこともあるの」
「……そんなはずないじゃない」
「俺は会ったこともないし、菫子よりもその人のこと知らんから
 軽はずみに言ってええかわからんけど、そんなわけないやろ。
 どこに根拠があるんや」
「……ええ、分かってる」
 伊織は、ひとつ息をついて続きを語り出した。
「私と彼とは菫子と草壁君のように、恋人同士として結ばれていたわ」
 菫子は目を瞠った。
 こくりと頷く。彼女の表情の切なさには気づかないふりをして。
 涼は、ただ黙っている。
「涼ちゃん、まさか伊織にときめいたりしたこと……」
 伊織は、くすっと笑った。瞳の奥に涙を覗かせたまま。
「ふふん。それはジェラシーやな? 残念やけどないから安心せえ」
 涼は、かなり嬉しそうだ。
「ちょっと違うかな。伊織は私にとって聖域だから野獣に穢されたくないというか」
「嬉しいわ。私、菫子に愛されているのね」
 ふざけるのではなく、真面目な口調で言われ菫子は顔を赤らめた。
(聖域とか言って引かれなくてよかった)
「菫子、野獣と付き合ってるのはお前ってことになるで」
「うわ……そうだった。どうしよう」
 本気で慌てる菫子に涼はにやにや笑っている。
「大丈夫。草壁君より菫子の方が大好きよ」
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