Pleasure Treasure(プレジャ、トレジャ)

11、桜色(4)

 頬に残る涙の痕が、はっきりと分かる。
 彼女は端っこに避けて、隣に座ることを勧めてくれた。
「伊織が呼んでいるような気がしたの」
「……呼んでいたのかな」
 くすっと笑った伊織は、いきなり菫子の手を握ってきた。
 震える指先にぎょっと驚く。
「何かあったのね?」
「……ええ」
 うつむいて、目を伏せて伊織はゆっくりと口を開いた。
「あと一週間で、彼がこの世界から消えてしまうわ」
 嗚咽を堪えるように肩を震わせる伊織の肩に腕を回す。
「この間、覚悟しとかなきゃって言ったでしょ。
 あの時が最初の命の期限の宣告からちょうど5ヶ月目だったの」
「……伊織、ずっと一緒に闘ってきたんだよね」
 ふるふると伊織は首を横に振る。
「闘ってた……のかな。いつしか諦めちゃってた気がするわ」
「何言ってるのよ。いつだって室生(むろうくんのことを想ってたでしょう」
「それはそうだけど……」
「でしょ」
「菫子も影で力をくれてたわね」
「私こそ伊織がいなければどうなっていたか」
「草壁君と付き合っていたかどうかって?」
「片想い中もずっと励ましてくれたでしょ。諦めないのがいい所だって」
「菫子の頑張りがあったからよ。結果論だけど、草壁君と
 あなたは、一緒にいるのが自然だと思うわ。笑っちゃうくらいお似合いよ」
「……喜んでいいのよね」
「いいのよ。収まるべき所に収まったんだから」
「そっか」
 伊織のきっぱりとした口調に、菫子は笑みをほころばせた。
「あのね。言ってなかったかもしれないんだけど」
「なあに」
「卒業したら地方に行くわ」
「え……そうなの>」
 驚きすぎてどう反応したらいいか分からない。
 もっと前に知っていても不思議ではない情報なのに。
 卒業してもまた会えると思い込んでいた節がある。
 伊織も同じようにこの街で生きていくのだと身勝手にも考えていた。
「この街は綺麗な想い出が多すぎるから……って我ながら不純な理由ね」
「そんなことないよ。私も伊織と同じ立場だったら、ここから離れることを選んだ気がする」
 伊織は、虚を突かれた顔をし、瞳を細めた。
「病室からもこの桜がよく見えるんでしょうね」
 重くならないようにわざと軽く言った。
 それを受け止めて伊織はうっすらと微笑んだ。
「とてもよく見えるわ……優もいつも見てるの」
「そっか」
 菫子は立ち上がり、ベンチに座っている伊織を見た。
「それじゃ大学で」
「ありがとう」
 そう告げるのが精一杯で、手を振りながらその場を離れた。
 独りでいたい伊織の気持ちは分かるつもりだった。
大学に行くと、後から伊織もやってきた。涙の痕をメイクで隠している。
 休憩(きゅうけい)時間に涼から、図書館で待っているとメッセージが来て、
 図書館を訪れると、菫子がよく座る席の隣に涼が座っていた。
 読んでいた本をテーブルに置いて、涼は菫子の方を振り向く。
 こんな風に呼び出されるのは、実は初めてだった。


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