夜探偵事務所
第七章:深淵の戯れ

第七章:深淵の戯れ


仁は、呆然とする健太の手を強く引き、閉ざされた本堂から護摩堂へと急いだ。二つの堂の間に立つ滝沢の横を通り過ぎる際、仁は懐から、先ほど健太にかけた物とよく似た、もう一つの大きな玉の念珠を取り出した。
「さっき渡し忘れてた。これを、滝沢君の首へ」
「ん?これは?」
滝沢は、差し出された念珠をいぶかしげに一瞥する。
「それをつければ、霊的な者は近寄ることさえ出来ん。外のことは、任せたぞ!」
「あぁ」
滝沢は念珠を受け取ると、無造作に首からかけた。そして、ニヤリと余裕の笑みを浮かべる。
「そっちこそ、護摩堂で三人でお茶会でもしてな」
仁は健太を連れて、璃夏が待つ護摩堂の中へと駆け込んだ。

一方、閉ざされた本堂の中。
広大な空間には、祭壇の蝋燭だけが揺らめき、巨大な仏像の影が不気味に伸びている。空気は張り詰め、二人の存在だけが、その静寂を支配していた。
「さぁ、ケリをつけるか。ストーカー女」
夜は、漆黒の刀の切っ先を加奈に向け、挑戦的にニヤッと笑う。
「ねぇねぇ、ケチなお姉ちゃんは、私のことをどうしたいの?」
加奈は、無邪気な子供のように首を傾げた。
「成仏してもらう」
「あはは、それは無理(むり)だと思うけど」
加奈は、可笑しくてたまらないといった様子で笑う。
その刹那。
夜の姿が、掻き消えた。常人には目で追うことさえ不可能な、凄まじいスピード。床を蹴る音もなく、彼女は一瞬で加奈との距離を詰め、その漆黒の刀を脳天めがけて振り下ろした。
「……」
だが、刃が加奈の頭を砕くことはなかった。
轟音も、金属音も響かない。加奈は、振り下ろされた刀の刃を、ひらりと伸ばした左手で、いとも簡単に、そして静かに握り止めていた。
「へぇー。この刀、お姉ちゃんの霊力を吸って攻撃力が増す仕組みなんだね」
彼女は、その刃を握ったまま、感心したように呟く。
「けど……人間が使える霊力なんて、たかが知れてるでしょ?」
「……そうだな」
夜の顔に、初めて焦りの色が見えた。
「でも、私がこうするだけで……」
加奈は悪戯っぽく笑うと、握りしめた刀をぐいっと自分の方へと引き寄せた。前のめりになる夜の体勢。そのがら空きになった胸の中心に、加奈は寸分の狂いもなく、すっと右の手のひらを当てる。
直後、凄まじい衝撃波が叩きつけられた。
夜の体は、くの字に折れ曲がり、猛烈な勢いで後方へと吹っ飛ばされる。そして、本堂の分厚い壁に激突し、大きな音を立てて崩れ落ちた。
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