夜探偵事務所
夜が深妙寺の境内を墨のように塗りつぶしていく。空気は張り詰め聖域であるはずのこの場所は肌を刺すようなピリピリとした感覚に満ちていた。まるで巨大な獣がすぐそこに息を潜めているかのような濃密な気配。
広大な本堂の中健太はただ一人固く目を閉じて祈っていた。どうか守ってください。心の中で今は亡き祖父の面影に必死に縋りつく。それが恐怖に狂ってしまいそうな精神を繋ぎとめる唯一の錨だった。
外の石畳では滝沢がポケットに手を突っ込みタバコに火をつけていた。揺らめく小さな炎の先で彼の目は獣のように鋭く闇を見据えている。
隣の護摩堂では夜が壁に寄りかかり目を瞑って精神を集中させていた。その横顔は静かだが鞘に収められた名刀のように凄まじい気を放っている。璃夏はそんな夜の隣で祈るように両手を固く握りしめ明らかに緊張した面持ちで息を詰めていた。そして仁は堂の入り口に立ち結界の外の闇を油断なく警戒していた。
その張り詰めた糸が切れんばかりの静寂を甲高い声が突き破った。
「――つっかまえたぁー!」
まるでかくれんぼの鬼が隠れる子を見つけたかのように。無邪気で残酷な声が境内全体に響き渡った。
「何っ!?全く気配がなかったぞ!」
仁が驚愕に目を見開く。熟練の陰陽師である彼の感覚をいとも容易くすり抜けてきたのだ。
「いいから行くぞ!仁!」
問答の時間は無い。瞑っていた目を開けた夜の瞳はすでに戦う者のそれに変わっていた。
夜と仁は護摩堂を飛び出すと一瞬だけ滝沢と視線を交わし彼の横を走り抜けて本堂へと突入した。
本堂の中は線香の香りと濃密な霊気で満ちていた。そしてその中央。呆然と立ち尽くす健太の背後から加奈がぴったりと抱きついていた。**恍惚とした表情で健太のうなじに顔を埋めその匂いを吸い込むように。**その白い手は愛おしげに健太の頬を撫でている。
「よぅ!健太のストーカー!」
夜は漆黒の刀を抜き放ちながら挑発的に言い放った。
「あ~ケチなお姉ちゃん。またケチなことしに来たの?」
加奈は健太の肩に顎を乗せたままクスクスと楽しそうに笑う。
「仁!」
夜が短く叫ぶ。
「わかっとる!」
仁は夜の言葉に即座に反応した。彼は一気に健太の元へと駆け寄ると懐から取り出した大きな玉の念珠を健太の首に素早くかけた。
「熱っ!」
念珠が聖なる熱を発したのだろう。加奈は悲鳴を上げ焼けるような熱さに咄嗟に健太から体を離した。
その一瞬の隙を仁は見逃さない。彼は健太の腕を掴むと全力で本堂の外へと引きずり出す。そして二人が外へ出たと同時に仁が振り返りざま印を結ぶ。それに呼応するように本堂の巨大で荘厳な扉が地響きのような音を立ててピタリと閉まった。
本堂の中には深淵の者・加奈と死を望む探偵・夜の二人だけが残された。
夜が深妙寺の境内を墨のように塗りつぶしていく。空気は張り詰め聖域であるはずのこの場所は肌を刺すようなピリピリとした感覚に満ちていた。まるで巨大な獣がすぐそこに息を潜めているかのような濃密な気配。
広大な本堂の中健太はただ一人固く目を閉じて祈っていた。どうか守ってください。心の中で今は亡き祖父の面影に必死に縋りつく。それが恐怖に狂ってしまいそうな精神を繋ぎとめる唯一の錨だった。
外の石畳では滝沢がポケットに手を突っ込みタバコに火をつけていた。揺らめく小さな炎の先で彼の目は獣のように鋭く闇を見据えている。
隣の護摩堂では夜が壁に寄りかかり目を瞑って精神を集中させていた。その横顔は静かだが鞘に収められた名刀のように凄まじい気を放っている。璃夏はそんな夜の隣で祈るように両手を固く握りしめ明らかに緊張した面持ちで息を詰めていた。そして仁は堂の入り口に立ち結界の外の闇を油断なく警戒していた。
その張り詰めた糸が切れんばかりの静寂を甲高い声が突き破った。
「――つっかまえたぁー!」
まるでかくれんぼの鬼が隠れる子を見つけたかのように。無邪気で残酷な声が境内全体に響き渡った。
「何っ!?全く気配がなかったぞ!」
仁が驚愕に目を見開く。熟練の陰陽師である彼の感覚をいとも容易くすり抜けてきたのだ。
「いいから行くぞ!仁!」
問答の時間は無い。瞑っていた目を開けた夜の瞳はすでに戦う者のそれに変わっていた。
夜と仁は護摩堂を飛び出すと一瞬だけ滝沢と視線を交わし彼の横を走り抜けて本堂へと突入した。
本堂の中は線香の香りと濃密な霊気で満ちていた。そしてその中央。呆然と立ち尽くす健太の背後から加奈がぴったりと抱きついていた。**恍惚とした表情で健太のうなじに顔を埋めその匂いを吸い込むように。**その白い手は愛おしげに健太の頬を撫でている。
「よぅ!健太のストーカー!」
夜は漆黒の刀を抜き放ちながら挑発的に言い放った。
「あ~ケチなお姉ちゃん。またケチなことしに来たの?」
加奈は健太の肩に顎を乗せたままクスクスと楽しそうに笑う。
「仁!」
夜が短く叫ぶ。
「わかっとる!」
仁は夜の言葉に即座に反応した。彼は一気に健太の元へと駆け寄ると懐から取り出した大きな玉の念珠を健太の首に素早くかけた。
「熱っ!」
念珠が聖なる熱を発したのだろう。加奈は悲鳴を上げ焼けるような熱さに咄嗟に健太から体を離した。
その一瞬の隙を仁は見逃さない。彼は健太の腕を掴むと全力で本堂の外へと引きずり出す。そして二人が外へ出たと同時に仁が振り返りざま印を結ぶ。それに呼応するように本堂の巨大で荘厳な扉が地響きのような音を立ててピタリと閉まった。
本堂の中には深淵の者・加奈と死を望む探偵・夜の二人だけが残された。