夜探偵事務所
第十章:私がここにいる理由
第十章:私がここにいる理由
深妙寺・本堂
「もー!いい加減にしてよお姉ちゃん!」
加奈の苛立った声が広大な本堂に響く。
何度壁まで吹っ飛ばしただろうか。それなのに目の前の女はまるで打たれ強い人形のように無傷でむくりと起き上がる。その繰り返しに加奈は飽き飽きしていた。
ゆっくりと顔を上げた夜の表情を見て加奈は思わず言葉を失った。
夜のその美しい顔から大粒の涙がとめどなく溢れていた。頬を伝い顎の先からぽたぽたと寺の古い床に染みを作っていく。それは痛みや恐怖からくる涙ではなかった。あまりにも深くそして純粋な悲しみの涙だった。
「え……?」
加奈は戸惑った。これまで自分に向けられる感情は恐怖か嫌悪かあるいは欲望だけだった。こんな風に自分のために涙を流されたことなど一度もなかった。
「お姉ちゃん……もしかして痛かったの?」
「……全てがわかった」
夜は涙声でしかしはっきりとした口調で言った。
「何がわかったの?」
「私にはな対象者の近くに居ることでその者の今までを過去を全て見ることができる能力がある」
「へぇー」
加奈は合点がいったというように頷いた。
「で私の過去をぜーんぶ見たってこと?あぁ、なるほど。だから可哀そうな私に同情して泣いてるんだ」
彼女はその涙を嘲笑うかのようにクスクスと笑った。
「あぁ。だからお前がなぜあれほど健太に固執するのかも……わかった」
その言葉に加奈の笑みが消えた。
「……じゃあ健太君に会わせてよ」
彼女はまるで幼い子供がおねだりをするように胸の前で両手を合わせた。その瞳には切実な願いが宿っている。
「だがお前はここにいるべき者じゃない。だから全てを終わらせる」
夜は涙を流しながらもその決意は揺るがなかった。
「だからぁーそれはお互いに無理だって言ってるじゃない」
加奈はぷくっと頬を膨らませる。
「お姉ちゃんの言うところの『深淵の者』?だっけ私たちみたいなのって」
「あぁ」
「どっちにしても人間一人の力じゃどうにもならないでしょ?むかーしむかしの偉い陰陽師だって十人がかりとかでやっと一体を封印できるかどうかって感じだったんでしょ?」
歴史が証明している。人間では決して自分には勝てないのだと加奈は説いた。
しかし夜は静かに首を横に振った。
「本来はそうだな…」
夜は一度言葉を切りそして続けた。
「でも私は…深淵の者と戦うのは今回で二回目だ」
「えぇっ?」
加奈の顔から余裕の表情が消える。
そして夜は涙に濡れたその目で美しくそしてどこか恐ろしくさえある笑みを浮かべた。
「そして私が今ここにいる。……それが答えになるだろ?」
深妙寺・本堂
「もー!いい加減にしてよお姉ちゃん!」
加奈の苛立った声が広大な本堂に響く。
何度壁まで吹っ飛ばしただろうか。それなのに目の前の女はまるで打たれ強い人形のように無傷でむくりと起き上がる。その繰り返しに加奈は飽き飽きしていた。
ゆっくりと顔を上げた夜の表情を見て加奈は思わず言葉を失った。
夜のその美しい顔から大粒の涙がとめどなく溢れていた。頬を伝い顎の先からぽたぽたと寺の古い床に染みを作っていく。それは痛みや恐怖からくる涙ではなかった。あまりにも深くそして純粋な悲しみの涙だった。
「え……?」
加奈は戸惑った。これまで自分に向けられる感情は恐怖か嫌悪かあるいは欲望だけだった。こんな風に自分のために涙を流されたことなど一度もなかった。
「お姉ちゃん……もしかして痛かったの?」
「……全てがわかった」
夜は涙声でしかしはっきりとした口調で言った。
「何がわかったの?」
「私にはな対象者の近くに居ることでその者の今までを過去を全て見ることができる能力がある」
「へぇー」
加奈は合点がいったというように頷いた。
「で私の過去をぜーんぶ見たってこと?あぁ、なるほど。だから可哀そうな私に同情して泣いてるんだ」
彼女はその涙を嘲笑うかのようにクスクスと笑った。
「あぁ。だからお前がなぜあれほど健太に固執するのかも……わかった」
その言葉に加奈の笑みが消えた。
「……じゃあ健太君に会わせてよ」
彼女はまるで幼い子供がおねだりをするように胸の前で両手を合わせた。その瞳には切実な願いが宿っている。
「だがお前はここにいるべき者じゃない。だから全てを終わらせる」
夜は涙を流しながらもその決意は揺るがなかった。
「だからぁーそれはお互いに無理だって言ってるじゃない」
加奈はぷくっと頬を膨らませる。
「お姉ちゃんの言うところの『深淵の者』?だっけ私たちみたいなのって」
「あぁ」
「どっちにしても人間一人の力じゃどうにもならないでしょ?むかーしむかしの偉い陰陽師だって十人がかりとかでやっと一体を封印できるかどうかって感じだったんでしょ?」
歴史が証明している。人間では決して自分には勝てないのだと加奈は説いた。
しかし夜は静かに首を横に振った。
「本来はそうだな…」
夜は一度言葉を切りそして続けた。
「でも私は…深淵の者と戦うのは今回で二回目だ」
「えぇっ?」
加奈の顔から余裕の表情が消える。
そして夜は涙に濡れたその目で美しくそしてどこか恐ろしくさえある笑みを浮かべた。
「そして私が今ここにいる。……それが答えになるだろ?」