夜探偵事務所
第十二章:エピローグ②
第十二章:エピローグ②
三日後・夜探偵事務所
ギシリッと年季の入った椅子が軋む。夜はデスクの椅子に深く体を預け仰け反るようにして天井を見上げていた。その口には火のついていないタバコがぶらさがるように咥えられている。
コンコン。
静かな事務所に控えめなノックの音が響いた。
「どうぞー」
気の抜けた返事をすると扉がゆっくりと開かれ健太が顔を覗かせた。
「失礼します。……あの先日は本当にありがとうございました」
彼は事務所の中央まで進み出ると深く深く頭を下げた。
「あぁ。それより報酬がまだだったな」
夜はニヤリと悪戯っぽく笑う。
「ほっ!報酬……」
健太の顔がさっと青ざめた。これまでの出来事を考えれば請求される額は天文学的なものになるに違いない。
「お、おいくら……でしょうか……」
恐る恐るそう尋ねる。
夜はゆっくりと体を起こすと凛とした有無を言わさぬ声で告げた。
「じいさんの墓参り」
「へ?」
「『へ?』じゃねえ。今回の報酬はお前のじいさんの墓参りだ。今すぐ行って全部報告してこい!」
「はっ!はい!」
健太はその言葉の意味を瞬時に理解すると弾かれたように踵を返し事務所をダッシュで出て行った。
その背中を見送り夜は優しい笑みを浮かべてタバコに火をつけた。
数日後・
YDTホールディングス
YDTホールディングス。近年様々な分野で急成長を遂げている国内トップ企業の一つ。
健太は今日が初出社日だった。無事に大学を卒業し勝ち取った内定。新しい生活が始まるはずだった。
入社式の後健太は人事部の人間から個別に会議室へ来るように言われていた。
緊張した面持ちで待っていると扉が開き一人の男性が入ってくる。
「はじめまして。わたくし総務課課長の木田と申します」
木田と名乗った男性は丁寧に頭を下げた。
健太も慌てて立ち上がる。
「田上健太です!よろしくお願いいたします!」
深々とお辞儀をした。
「急で大変申し訳ないのですが田上君。まずはこちらの書類に目を通してください」
木田は困惑した表情で一枚の紙を健太に手渡した。
健太はそれを受け取り書いてある内容を読む。
==================
出向指示書
所属:営業一課(新入社員研修期間中)
氏名:田上 健太 殿
上記の者を当社と提携関係にある下記事業所へ本日付で出向させることを命ずる。
なおこれは業務提携上の最重要機密事項であり辞令の拒否は認められない。
出向先:夜探偵事務所
==================
「えぇぇぇぇぇ!?」
健太の絶叫が広い会議室に響いた。
「我々にも何がどうなっているのか……。初出社日にしかも探偵事務所への出向など前代未聞でして……」
木田が申し訳なさそうに頭を掻いている。
一時間後・夜探偵事務所
バンッ!
事務所の扉が勢いよく開け放たれた。
「どういうことですか!これ!」
健太は息を切らしながらあの出向指示書を夜の目の前に突き付けた。
「お、やっと来たか。新入社員」
夜はおどけた調子でひらひらと手を振る。
「説明してください!」
「んー?ちょーっとあの会社に貸しがあってな。で『人材を一人貸せ』って言ったら快く承諾してくれたんだよ」
夜は楽しそうに笑っている。
「それより行くぞ」
彼女はすっくと立ち上がると健太の腕をぐいっと引っ張って事務所を出る。
「ど、どこに行くんですか!?」
「出張だ」
「出張!?」
山形県・とある小さな田舎町の寺
静かな寺の本堂で夜と健太は人の良さそうな住職と向かい合って座っていた。
「いやはやあの兄妹は実に不憫な子らでした」
住職がお茶をすすりながら穏やかに語り始めた。
「二人が亡くなった後近所の人たちの間でせめて弔ってやろうという話が出たもんですからな。ワシも協力させてもらってあそこにあの兄妹だけの供養塔を建てさせてもらったんです」
住職が庭の奥にある小さな真新しい供養塔を指差した。
「……そうでしたか」
夜の声はどこか優しかった。
「是非参ってあげてください」
「はい!」
健太は力強く頷いた。
兄妹の供養塔
二人はその小さな供養塔の前に立った。
「結構苦労して探したんだぞ。この場所」
夜はそう言うと持っていた紙袋から一枚のワンピースを取り出した。
もうあの花柄の服を着る必要はない。夜はそう思った。あれは彼女にとって苦しみと呪縛の象徴でしかないからだ。
だからこれは夜が選んだ大人になれなかった彼女への贈り物。落ち着いた藍色の美しいワンピースだった。
夜はそれをそっと供養塔の前に置いた。
健太は静かに手を合わせる。
彼らの悲しい物語がどうか安らかな眠りへと変わりますように。
夜も健太の隣でそっと手を合わせた。
その瞳を閉じ心の中で最後の言葉を贈る。
『もう一人じゃない。これからはずっと兄貴と幸せにな』
三日後・夜探偵事務所
ギシリッと年季の入った椅子が軋む。夜はデスクの椅子に深く体を預け仰け反るようにして天井を見上げていた。その口には火のついていないタバコがぶらさがるように咥えられている。
コンコン。
静かな事務所に控えめなノックの音が響いた。
「どうぞー」
気の抜けた返事をすると扉がゆっくりと開かれ健太が顔を覗かせた。
「失礼します。……あの先日は本当にありがとうございました」
彼は事務所の中央まで進み出ると深く深く頭を下げた。
「あぁ。それより報酬がまだだったな」
夜はニヤリと悪戯っぽく笑う。
「ほっ!報酬……」
健太の顔がさっと青ざめた。これまでの出来事を考えれば請求される額は天文学的なものになるに違いない。
「お、おいくら……でしょうか……」
恐る恐るそう尋ねる。
夜はゆっくりと体を起こすと凛とした有無を言わさぬ声で告げた。
「じいさんの墓参り」
「へ?」
「『へ?』じゃねえ。今回の報酬はお前のじいさんの墓参りだ。今すぐ行って全部報告してこい!」
「はっ!はい!」
健太はその言葉の意味を瞬時に理解すると弾かれたように踵を返し事務所をダッシュで出て行った。
その背中を見送り夜は優しい笑みを浮かべてタバコに火をつけた。
数日後・
YDTホールディングス
YDTホールディングス。近年様々な分野で急成長を遂げている国内トップ企業の一つ。
健太は今日が初出社日だった。無事に大学を卒業し勝ち取った内定。新しい生活が始まるはずだった。
入社式の後健太は人事部の人間から個別に会議室へ来るように言われていた。
緊張した面持ちで待っていると扉が開き一人の男性が入ってくる。
「はじめまして。わたくし総務課課長の木田と申します」
木田と名乗った男性は丁寧に頭を下げた。
健太も慌てて立ち上がる。
「田上健太です!よろしくお願いいたします!」
深々とお辞儀をした。
「急で大変申し訳ないのですが田上君。まずはこちらの書類に目を通してください」
木田は困惑した表情で一枚の紙を健太に手渡した。
健太はそれを受け取り書いてある内容を読む。
==================
出向指示書
所属:営業一課(新入社員研修期間中)
氏名:田上 健太 殿
上記の者を当社と提携関係にある下記事業所へ本日付で出向させることを命ずる。
なおこれは業務提携上の最重要機密事項であり辞令の拒否は認められない。
出向先:夜探偵事務所
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「えぇぇぇぇぇ!?」
健太の絶叫が広い会議室に響いた。
「我々にも何がどうなっているのか……。初出社日にしかも探偵事務所への出向など前代未聞でして……」
木田が申し訳なさそうに頭を掻いている。
一時間後・夜探偵事務所
バンッ!
事務所の扉が勢いよく開け放たれた。
「どういうことですか!これ!」
健太は息を切らしながらあの出向指示書を夜の目の前に突き付けた。
「お、やっと来たか。新入社員」
夜はおどけた調子でひらひらと手を振る。
「説明してください!」
「んー?ちょーっとあの会社に貸しがあってな。で『人材を一人貸せ』って言ったら快く承諾してくれたんだよ」
夜は楽しそうに笑っている。
「それより行くぞ」
彼女はすっくと立ち上がると健太の腕をぐいっと引っ張って事務所を出る。
「ど、どこに行くんですか!?」
「出張だ」
「出張!?」
山形県・とある小さな田舎町の寺
静かな寺の本堂で夜と健太は人の良さそうな住職と向かい合って座っていた。
「いやはやあの兄妹は実に不憫な子らでした」
住職がお茶をすすりながら穏やかに語り始めた。
「二人が亡くなった後近所の人たちの間でせめて弔ってやろうという話が出たもんですからな。ワシも協力させてもらってあそこにあの兄妹だけの供養塔を建てさせてもらったんです」
住職が庭の奥にある小さな真新しい供養塔を指差した。
「……そうでしたか」
夜の声はどこか優しかった。
「是非参ってあげてください」
「はい!」
健太は力強く頷いた。
兄妹の供養塔
二人はその小さな供養塔の前に立った。
「結構苦労して探したんだぞ。この場所」
夜はそう言うと持っていた紙袋から一枚のワンピースを取り出した。
もうあの花柄の服を着る必要はない。夜はそう思った。あれは彼女にとって苦しみと呪縛の象徴でしかないからだ。
だからこれは夜が選んだ大人になれなかった彼女への贈り物。落ち着いた藍色の美しいワンピースだった。
夜はそれをそっと供養塔の前に置いた。
健太は静かに手を合わせる。
彼らの悲しい物語がどうか安らかな眠りへと変わりますように。
夜も健太の隣でそっと手を合わせた。
その瞳を閉じ心の中で最後の言葉を贈る。
『もう一人じゃない。これからはずっと兄貴と幸せにな』