夜探偵事務所
第十三章:線香花火

第十三章:線香花火


加奈の墓地からの帰り道、健太はずっと無言だった。
何かを必死に考え、自分の中で組み立て、そして壊している。その横顔からは、混乱と、そして一つの疑念が浮かんでいるのが見て取れた。
夕方。
夜探偵事務所には、西日が差し込み、部屋の埃を金色に照らしている。
ギシリと年季の入った椅子を軋ませ、夜は自分のデスクに座りタバコに火をつけた。
健太にはまだデスクがない。彼は、いつものソファに深く体を沈め、ただ黙って床の一点を見つめていた。事務所に重い沈黙が流れる。
先にそれを破ったのは、夜だった。
「加奈の事が気になるか?」
健太は、弾かれたように顔を上げた。
「え?」
「夜さんは……知ってるんですか?彼女のこと」
「うん、知ってる…全てな」
夜は、紫煙を細く吐き出しながら、静かに頷いた。
「知りたいか?」
その問いに、健太はすぐには答えられなかった。彼は自分の胸に手を当て、何かを確かめるように話し始める。
「俺は当初、悪霊に襲われたと思ってました…」
「でも、バイクで出会って抱きしめられたとき、夢で抱きしめられたときも…息が出来なくなって、死ぬかと思った…」
「ずっと彼女の能力だと思い込んでたけど、もしかして、あれはただの恐怖からの過呼吸とか、そんな感じで…」
健太の声が震える。
「だとしたら、彼女は俺を殺そうとしてたんじゃなくて…ただ…」
パチパチパチ。
乾いた拍手が、静かな事務所に響いた。夜だった。
「正解!」
彼女は、まるでクイズに正解した子供を褒めるように、からかうように笑う。
「将来有望だよ、新人君」
だが、次の瞬間。夜の表情から笑みが消えた。
彼女は真顔になり、射抜くような鋭い目で健太を見据える。
「でも、真実を知るには覚悟が必要よ?」
「その覚悟…ある?」
健太は言葉に詰まり、ぐっと唇を噛んで俯いた。数秒の沈黙。やがて、彼は固く拳を握りしめ、顔を上げた。その目には、もう迷いはなかった。
「あります!」
「よし!」
夜は満足そうに頷くと、デスクからすっと立ち上がった。彼女は給湯室へ向かい、二つのマグカップを持って戻ってくる。コーヒーの香ばしい香りが漂った。
夜は、ソファの間のローテーブルにそれを置くと、自らも健太の向かい側のソファに深く腰を下ろした。
「残業代は出ないぞ?いいか?」
夜は、悪戯っぽく笑いかける。
「はい!大丈夫です!」
健太は、力強く頷いた。
「真面目かよ」
夜は、少しだけ残念そうに、でもどこか嬉しそうに笑うと、テーブルの上のコーヒーを一口飲んだ。そして、新しいタバコに火をつけ、ゆっくりと足を組み直す。
覚悟を決めた「新人」に、全てを語る準備ができた。
「今から15年前…」
夜は、静かに、物語を始めた。
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