夜探偵事務所
第二章:終わらない悪夢
第二章:終わらない悪夢
唇に残る生々しい氷のような感触。
健太は絶叫と共にホテルのベッドの上で勢いよく体を起こした。
「はぁっはぁっはぁっ……!」
心臓が警鐘のように激しく胸を打ち鳴らす。全身はびっしょりと冷たい汗で濡れていた。
窓の外が白み始めている。見慣れないビジネスホテルの殺風景な部屋。
(……夢だったのか……?)
留置所もあの刑事もそして鉄格子の内側で自分にキスをしたあの少女も。
全ては夢。
だがリアルすぎる。魂に深く深く刻み込まれたあの恐怖は決して夢などではなかった。
放心状態のまま健太はベッドの縁に腰を下ろした。
その時だった。
「そうだ……ニュースだ」
もし昨夜の道の駅での出来事が現実だったのなら。人が一人死んでいるのだ。早朝6時前。ニュースで報道されているかもしれない。
健太は震える手でリモコンを掴むとテレビの電源を入れた。
『―――それでは今日のお天気です!全国的に穏やかな行楽日和となるでしょう!』
画面の中では明るい女性キャスターがにこやかにそう伝えている。
健太はチャンネルを次々と変えていく。どのチャンネルも当たり障りのない朝のニュース番組を放送していた。
しばらく画面を食い入るように見つめていた。
だが昨夜のあの道の駅での事件はどこの局も一行たりとも報じてはいなかった。
(……どういうことだ?)
(やっぱり全部俺の見た夢だったのか……?)
(だとしたらあのヘルメットで殴った感触は……あの血の匂いは……)
もう何も分からなかった。
健太は帰り支度を始めた。
まだ旅の途中だった。周りたいところはいくつも残っていた。
だがもうそんな気分では到底なかった。
一刻も早くこの気味の悪い土地から離れて自分の日常へと帰りたかった。
洋服を乱暴にバッグに詰め込んでいたその時だった。
ふわりと。
すぐ耳元で少女の囁く声がした。
「ねぇ?今日はどこ行くの?」
クスクスと楽しそうな笑い声。
「うわぁぁぁぁぁぁっ!」
健太は絶叫した。
そして椅子に足をもつれさせ何度も何度も転けながら部屋のドアへと這うように向かった。
(夢じゃない!夢じゃない!今は夢じゃない!)
心の中で必死にそう叫ぶ。
フロントでのチェックアウトもそこそこに健太はバイクに飛び乗った。
そしてエンジンが悲鳴を上げるほどアクセルを全開にしてその場から逃げ出した。
「なんなんだよ!ほんとになんなんだよぉっ!」
バイクを飛ばしながら健太は叫び続けた。
幻覚なのか。
夢なのか。
それとも現実なのか。
もはやその区別がつかなくなっていた。
だが一つだけ確かなことがある。
その全ての中心には必ずあの花柄のワンピースの少女がいるということ。
そして自分はもう決して彼女から逃れることはできないのだということ。
健太はその絶対的な絶望を突きつけられていた。