Blue Moon〜小さな夜の奇跡〜
「もう、想ったら。なんてことを……」

インターネットのニューストピックを見て、小夜はため息をつく。
新曲がラブソングだというだけでかなりファンは心乱されたというのに、こんなにきっぱりと口にしてしまうとは。

「本田さんも怒ってるんじゃないかな」

どうにも気になって、思い切って電話をかけてみた。
お騒がせして申し訳ないと謝ると、意外にも本田は明るい声で返事をする。

『仕事面では割りと好評でね。Blue Moonをドラマの主題歌に使いたいとか、新しく書き下ろしてほしいという依頼が結構来てるんだ。ファンの心境はやっぱり複雑でしばらくは落ち着かないし、離れていく人もいると思う。だけど新たな一歩を踏み出さなければ、ずっと下降していくだけだった。想のいい転機になったと思うよ』
「そうですか。そう言っていただけると……。でも私はしばらく想と会うのは控えます」
『えー、想が暴れそうだな。ははっ!』
「そんな。だって週刊誌に撮られたりしたら困りますよね?」
『いずれ結婚するんだし、こそこそ隠したりする方がかえって悪印象だよ。それに想のやつ、すっぱ抜かれたら結婚を公表して、小夜ちゃんと婚姻届を出せるって目論んでる』

は?と小夜は声を上ずらせた。

「そんなこと考えてるんですか? 想」
『ああ。はっきりそう言わなくても、長いつき合いの俺にはわかる。どんな記事を見ても妙に嬉しそうだもんな、あいつ』

小夜は困り果ててため息をつく。

「本田さん。私は想のファンの方に対して、申し訳なさでいっぱいなんです。せめてファンのみなさんの気持ちが落ち着くまで、結婚はしません。想にも言っておいてください」
『俺から? 嫌だよ、絶対睨まれるもん』
「じゃあ、想が変な動きをしないように見張っててくださいね」
『わかった。取り敢えず今は、婚姻届を手元に持ち歩いてる』
「ええー? 嘘ですよね?」
『ほんと。それも書き損じてもいいように、五枚くらい』

もはや小夜は言葉も出ず、こめかみを指で押さえた。

「まったくもう、想ったら。浮かれ過ぎ」
『いやー、俺は新鮮で面白いけどね。あんなあいつ、これまででは考えられない。それよりさ、なんとかしていい方法考えるから、小夜ちゃん時々は想と会ってやって。でないとすこぶる不機嫌になる』

すこぶる不機嫌って、と小夜は苦笑いする。

『じゃあ、またなにかあったらいつでも連絡して』
「はい。ありがとうございます、本田さん」
『こちらこそ。じゃあね』

電話を切ると、小夜はホッと肩の力を抜く。
思っていたより事態は悪くなさそうだった。

(それでもやっぱり、すぐには結婚できない)

想にはこれからも、ファンに愛される存在であり続けてほしい。
小夜はそのことばかり考えていた。
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