Blue Moon〜小さな夜の奇跡〜
やがて二十三時になり、小夜は控え室を出る。
マスターが照明を調節してくれ、顔馴染のお客様が拍手で迎えてくれた。
小夜はにこやかに笑顔を向けながらピアノの前まで来ると、店内を見渡してお辞儀をする。
こんなふうに注目される時もあれば、おしゃべりに夢中で誰にも気づかれない時もある。
小夜はその場その場で臨機応変に対応し、最初に弾く曲を決めていた。
今は静まり返った店内で、皆が小夜の音を待っている。
こういう時には最初からしっかりと聴かせなければ。

(私の知っているジャズのイメージで……。よし、決めた)

スッと息を吸って鍵盤に両手を載せる。
静かにささやくようなリズムで弾き始めた曲は、映画『ロシュフォールの恋人たち』より『キャラバンの到着』
かっこいいジャズワルツの曲を、大人っぽくちょっと気だるげに弾く。
今夜もほぼ年輩の男性で埋め尽くされた店内は、お酒を片手に軽く目を閉じて音に身を任せている様子がうかがえた。

弾き終えると、ヒュッと口笛と共に拍手が起こる。

(今夜のお客様は陽気な方が多いな。それなら次は……)

小夜はにっこり笑って観客を見渡しながら、軽くピアノを鳴らし始めた。

NAT KING COLEの『L-O-V-E』

曲名がわかった観客は笑顔を浮かべ、手拍子と共に歌い出す。
店内に広がる歌声に、小夜もテンポを合わせて微笑みながら演奏した。

次は王道の『イン・ザ・ムード』と『A列車で行こう』

そして『虹の彼方に』をたっぷりと歌い上げるように弾いた。
うっとり酔いしれながら歌詞を口ずさむ人もいる。
小夜は装飾音符もちりばめて、ゴージャスにしっとりと演奏した。
  
ラストは映画『天使にラブ・ソングを』から『I Will Follow Him』。
『恋のシャリオ』をゴスペル調にアレンジした曲で、皆もノリノリで手拍子しながら盛り上がった。
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