Blue Moon〜小さな夜の奇跡〜
ANGEL
マスターと約束した木曜日の夜。
閉店の時間に合わせてやって来た想は、エレベーターホールのソファに座り、仲良く腕を組んでバーから出て来るカップルを眺めていた。

「素敵だったねー、もう感動しちゃった」

なにかのイベントでもあったのだろうか。
顔を見合わせてそう話す幸せそうな恋人たちを、ただぼんやりと見送る。
クリスマスイブの恋人たちは、自分とは別世界にいる気がした。

人波が途切れると、そろそろかと立ち上がる。
バーの入り口に足を踏み入れた瞬間、聴こえてきたピアノの音色に、想はハッとして動きを止めた。

(まさか……)

ブルームーンの夜、心のままに弾いた『ANGEL』

(どうしてこの曲が……。誰が弾いている?)

呆然としながら歩を進める。
ステージのピアノが見える位置まで来ると、想は心臓を鷲掴みされたように息を呑んだ。

視線の先でピアノを弾いていたのは、間違いなく小夜。
カウンターにいる数人の男性客とマスターが遠くから見守る中、月明かりに浮かび上がるステージで、小夜がピアノに向かっていた。

夜空に溶け込み、まるで雲の遥か上で弾いているような、幻想的な光景。
静かに心に染み入るメロディは、想の全身をしびれさせた。

自分がこの曲を弾いた時の気持ちをすべて受け止め、癒やしてくれるような音色。
小夜は、小夜だけは、自分のすべてを理解してくれている、そう思った。
そしてそんな自分に手を差し伸べ、優しく温かく包み込んでくれている。
そう、まるで天使のように。

最後のフレーズに差し掛かった時、想の心に小夜の声が聞こえた気がした。

May you find some comfort here……
< 64 / 123 >

この作品をシェア

pagetop