Blue Moon〜小さな夜の奇跡〜
「あそこなの? 想が住んでるマンション」
「ああ」

ホテルのロータリーのような広いエントランスを通り過ぎ、駐車場へと下りるスロープの途中で、想はリモコンでシャッターを上げた。
車を中に進めると、奥の一角に駐車する。

「着いたぞ。そこのエレベーターで上がろう」
「うん」

荷物を手にすると、さり気なく想がすべて手に持った。

「ありがとう」
「これくらい」

スッと歩き始めた想の陰に隠れるように、小夜はピタリと身を寄せて歩く。

「ははっ、可愛いな、小夜」
「なにが?」
「なんか、すり寄って来る子鹿みたい」
「え? 鹿せんべいほしさに?」
「そう、奈良公園の子鹿。よしよし、可愛いな。ほーら、おせんべいだよー」

ぐりぐりと頭をなでられ、小夜はムッとしながら想を見上げる。

「あのおせんべい、そんなに美味しくないもん」
「えっ! 小夜、まさか食べたのか?」
「うん、味見してみた」
「そんなやつ初めて見た。大丈夫かよ? 腹壊さなかったか?」
「平気だったよ。でも人間は食べない方がいいみたい」
「当たり前だろ? 小夜、顔に似合わずすごいことするな」
「たまに言われる。小夜って案外ツヨツヨだねって」
「うん、びっくりした。小夜、ツヨツヨ」

真剣に呟いた想の言葉は、小夜のツボにはまる。

「あはは! なにそれ、韻を踏んでるの?」
「そう。新曲のタイトルにしようかな」
「小夜、ツヨツヨって? どんな歌詞なの?」
「小夜ツヨツヨ、ツヨツヨ小夜、小夜ツヨー、みたいな」

小夜はお腹を抱えて笑い転げる。

「ひー! やめて。頭の中でぐるぐる回っちゃう。ラップみたい」
「ヨ―、ヨー、サヨツヨー。ツヨツヨサヨツヨー」

真面目におどける想に、小夜は笑いすぎて目尻に涙まで浮かべた。

「く、苦しい。もうやめて」
「なんか新たな曲の扉が開けたな。デモ作って本田さんに渡そう」
「即、却下だから!」

そうしているうちにエレベーターが三十階に着き、想は小夜を角部屋に案内した。
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