Blue Moon〜小さな夜の奇跡〜
「ここだ。どうぞ」
「お邪魔します。わあ、広い、素敵!」

大理石の玄関の奥には長い廊下があり、開け放たれたドアの先に夜景が見えた。
想が廊下を歩き出すと、センサーでパッと照明がつく。
真っ直ぐ歩いてリビングに入ると、そこはホテルのスイートルームのように広くて洗練された雰囲気だった。
そして中央に、グランドピアノが置いてある。

「えっ、すごい。ここって防音なの?」
「ああ。二十四時間ビアノを弾ける」
「なんて贅沢なの」
「あとで小夜も弾いてみな。それよりすごい荷物だけど、これなにが入ってるんだ?」

言われて小夜は我に返った。

「大変! あと十五分しかない」
「なにが?」
「カウントダウン! 年越しそば食べる前に年が明けちゃう。想、キッチン貸して」
「いいけど。ロクな道具はないぞ」

言葉通り、フライパンしかない。
仕方なく深さのあるフライパンで、そばを茹でた。
持って来た海老の天ぷらとかき揚げを載せて、テーブルに運ぶ。

「では、いただきます」

早速二人で手を合わせた。

「うまいな。年越しそばなんて、何年ぶりだろ」

想はじっくりと味わいながら食べている。

「そうなの? いつもどうやって年越ししてたの?」
「んー、気づくと明けてる」
「ええ? そんなぬるっと?」
「そう、ぬるっと」
「だめだよ。じゃあ今年は、テレビでジルベスターコンサート観よう」

そばを食べ終えてソファに移動し、テレビをつけると、ちょうどカウントダウンの曲が始まったところだった。

「へえ。レスピーギの交響詩『ローマの松』から『アッピア街道の松』か。渋いな」
「静かに始まって、最後はすごい迫力になるよね。カウントダウンにぴったりじゃない?」
「ああ。なんかゾクゾクする」

二人で固唾を呑んで演奏を見守る。
ピアニッシモで遠くからやって来る軍隊の行進は、曲が進むにつれて力強さを増していく。
カウントダウンが近づくドキドキと相まって、心臓の鼓動もクレッシェンドしていった。
舞台上の管弦楽器だけでなく、二階の客席からバンダ隊のファンファーレが加わり、ラストはフォルティッシモで壮大に響かせる。
最後の一音がピタリと時計にはまり、パン!とキャノン砲から紙吹雪が舞った。

「きゃー、ぴったり!」
「ああ。気持ちいいな」

小夜は笑顔で新年の挨拶をする。

「明けましておめでとう、想」
「おめでとう、小夜。こんなに幸せな新年の幕開けは初めてだ」
「ふふっ、いい年になりそう?」
「ああ。今年は必ず小夜を幸せにする」

照れてうつむく小夜に、想は優しくキスをした。
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