Blue Moon〜小さな夜の奇跡〜
控え室のドアの前まで来たピアニストの男性を、想はじっと見つめる。

(誰なんだ? なぜあんなにも小夜と息ぴったりに……)

すると視線に気づいたのか、ふと男性がこちらを振り返る。
想と目が合うとなにかを考え、思い当たったように口角を上げて、余裕の笑みを浮かべた。

(なんだ?)

訝しげに眉根を寄せていると、男性はそのまま小夜に視線を移した。
腕を組み、壁に背を預けて気取ったポーズでステージを見つめ始める。
想も考えるのはやめて、小夜を振り返った。

小夜が弾き始めたのは、オペラ座の怪人より『Think of me』
それはさっき彼が弾いた『The Music of the Night』の返歌のようだった。
いったいこの二人の関係は?
想の心がかき乱される。

小夜は続いて『A Whole New World』を弾く。
それもさっきの彼の『美女と野獣』を思い起こさせた。

そして胸元に飾っていたバラの花をピアノに載せて『The Rose』を弾く。

(彼からもらったバラを? 愛とはこの花だと歌うのか?)

想の心は千々に乱れた。

次の曲はジャネット・ジャクソンの『Again』
諦めていた彼と再会し、再び心惹かれる歌。
二度と会うつもりはなかったのに、会ってしまえば恋に落ちるしかなかった。
それはつまり、自分と?
小夜は今、誰を思い浮かべている?

次はシークレット・ガーデンの『You Raise Me Up』
あなたがいてくれるから、私は強くいられる。
それは、俺のことだと思っていいのか?

最後の曲は、リストの『愛の夢 第三番』
雑念が取り払われ、なにも考えられず、ただ小夜の包み込むような愛の調べにうっとりと聴き惚れた。

割れんばかりの拍手は鳴り止まず、小夜はアンコールに応えて再び椅子に座る。
なにを弾こうかというように、しばし宙を見つめてから鍵盤に手を置いた。

ショパンの夜想曲 『ノクターン第二番』

(ああ、やっぱり小夜は俺を想ってくれている)

想は幸せを噛みしめながら、美しくピアノを奏でる小夜を見つめていた。
< 95 / 123 >

この作品をシェア

pagetop