【シナリオ】となりの席の再挑戦(リスタート)
第10話
初めての呼び方、はじめてのキス(未遂)
⚪︎週明けの昼休み。
少し肌寒い春の日。澪としずくは、大学近くの小さなカフェで軽くランチをしていた。
向かい合って座る2人。窓際の席には午後の日差しが射している。
(しずく)
「……澪さんって、料理得意なんですか?この前、お弁当作ったって言ってましたよね」
(澪・笑いながら)
「得意ってほどじゃないけど、ひとり暮らし長いし。
しずくちゃんは?」
しずくがスプーンを持ったまま、ふっと笑う。
(しずく)
「……“澪さん”って、呼んだの、今が初めてでしたよね、私」
ぱたりとスプーンが止まる。
ふたりの間に、急に静かな時間が流れる。
(澪・少し低い声で)
「……そうだね。今、初めて聞いたかも」
澪が、少しだけしずくに顔を寄せる。
窓から射す光が、彼の横顔を淡く照らす。
(澪)
「“澪さん”って呼ばれると……なんか、距離、近くなった気がする」
しずくの鼓動が、胸の奥で跳ね上がる。
(しずく・小さく)
「……近くなって、イヤですか?」
澪の目が、ふっとやわらかくなる。
そして、彼の指先が、しずくの頬に触れるほどの距離まで近づいて──
(澪)
「……逆。もっと近づきたくなる」
テーブルをはさんだふたりの距離が、どんどん縮まる。
もう、触れられる距離。あと10センチ──いや、5センチ。
(しずく・震える声)
「……ここ、カフェです……」
セリフ(澪・微笑して)
「わかってるよ。キスなんてしない。
──今日はね」
彼の声が、冗談のようで、でも少し本気で。
その甘さに、しずくの顔が一気に赤く染まる。
(しずく・心の声)
(この人……やっぱり、ずるい)
⚪︎その日の帰り道。並んで歩く2人。
春の夕暮れが、街の輪郭をやさしく染めている。
(澪)
「ねえ。さっき、名前呼ばれたとき──本当は、ちょっと嬉しかった」
(しずく・小さく)
「……ちょっとだけ、勇気出しました」
(澪・優しく)
「その勇気、もっと出してくれていいよ」
ふたりの手が、もうふれるかふれないかの距離に揃って揺れている。
けれど、手はつながない。
その代わり、言葉で心をつなぐ。
⚪︎駅の改札前で立ち止まる。
人混みの中、2人だけの世界がそっとできている。
(しずく)
「……澪さん」
(澪)
「うん」
(しずく・ふっと笑って)
「名前、呼ぶの、クセになりそうです」
(澪・小さな声で)
「……もう呼び捨てでもいいよ?」
しずくが顔を真っ赤にして、うつむく。
澪はそれを見て、くすっと笑う。
電車の発車メロディが流れる。
(澪)
「……じゃあ、次は“呼び捨て”で、会いに来て」
(しずく)
「……澪」
彼の名前を、今度はまっすぐに。
澪の表情が、一瞬、ほどける。
(澪)
「……かわいすぎる」
電車のドアが閉まり、ホームに残った澪の耳が、ほんのり赤く染まっていた。