私のテディベアに、私が溺愛されるまで
一朗に手を引かれ、楓は自分の席に戻ってきた。

「楓、おそーい!」

同期の男子、佐伯がビールジョッキを片手に軽い調子で言った。

楓が何か言いかける前に、一朗がさらりと言った。

「――すみません。俺が連れ回してました」

その言葉に、佐伯の目がまんまるになる。

「えっ……え」

動揺した声に、テーブルの女子たちが一斉に色めき立つ。

「え、誰?! どーいうこと!?」

女子たちが矢継ぎ早に問いかけてくる。

「ち、ちが――」

楓が慌てて否定しようとした瞬間、一朗が楓の肩をぽんと軽く叩いた。

「ほら、座れ。冷めるだろ」

そして、一朗は小さく息を吐いて言った。

「――じゃあ俺、戻るわ」

その言葉を残し、すっと人混みに紛れて自分の席へと戻っていく一朗の後ろ姿を、楓は呆然と見送った。

周りの女子たちはまだざわざわと興奮していて、佐伯は落ち着かない様子でビールをすすっていた。

楓は静かに席についたものの、胸の奥がざわめいて仕方なかった。

(送っただけ……でも……)

一朗の温もりが、まだ手のひらに残っていた。
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