ハイエナ令嬢:幼なじみの年下魔王
2
(血は争えんな、サビーナめ)
木の上から姉妹の因縁の追いかけっこを見物していたヤギョはそうひとりごちた。
サビーナのヒステリックな狂乱ぶりと暴力本能の歓喜は、父侯爵が監獄要塞の「自殺志願部隊」(筋肉増強剤と麻薬で人間辞めて乱闘)とたまに交戦するときに見せる様子に似ている。それにサビーナの母親の魔族姫の邪悪な笑顔とも重なる。
ルチアはルチアで、人間の母親の、一見はお淑やかで人が良さそうでいて(性格は良い方だったが)、ものすごく気が強くてしたたかで人を食ったところと似ている。兄のアレクセイ自身も「父侯爵の息子で魔族の貴公子だ」と否定するが、明らかにあの両親の性格を混ぜたら「かくなりなん」というふうに感じられるが。
ついにサビーナがルチアに迫ったが、ルチアは途中で見つけた蛇を投げつける。魔族ならば毒蛇に噛まれてもそうは死なないからできる芸当だが、噛まれたら痛いし、投げつけられたら驚きはすることだろう。
「きゃはっ!」
やっぱり驚いたサビーナは、一秒足らずで殺意と怒りを取り戻し、修羅の形相に戻る。蛇を地面に叩きつけ、足で強烈に何度も踏み潰す。
だがその二三秒の隙こそが命取りだった。
サビーナが視線をあげたとき目にしたのは、逃げるルチアの後ろ姿ではなかった。逆襲に出た少女はまさに、両手で人の頭くらいの石を投げつけようとしているところであった(女の子だてらにも、魔族ハーフで火事場の馬鹿力だ)。
「はっ?」
息を呑んだサビーナの顔面に、直撃する。
衝突で歯と鼻が折れて、頭蓋骨が砕けたか?
ルチアはもう一つ、もう二回りも大きい石を持ち上げて、迷いなく倒れたサビーナの頭顔に投げ落とす。ゴッと鈍い生々しい音がして、肉が潰れて骨が砕けた。
「はぁはぁはぁはぁ」
殺人者の鬼気迫る表情のまま、肩で息をするルチアの目の前で、恐るべき奇跡が起きた。
なんと殺したはずのサビーナが立ち上がり、暗い光と共に治癒してしまう。紫色のどす暗いオーラをほとばしらせ、目は赤く光っている。どうやら事前に自動回復・復活の魔法を仕掛けてあったらしい(乳首ピアスに魔法アイテム)。
「え? 嘘でしょ! そんなのって・・・・・・」
「よくも、よぉくもぉやってくれたわね!」
「ひいいい!」
サビーナは鋭い爪で、万策尽きたルチアの顔を横に引っ掻く。少女の両目の眼球は破裂して、さらに髪をつかんで滅多殴りにされる。
「おーほっほほほほ! これで年貢の納めどきだわねえ!」
それでもルチアが悪あがきし、サビーナの太股に噛みついて応戦しているのは、牝のネコ科の野獣の闘争のようだ。凄まじいかぎりであった。
(ヤレヤレ)
ヤギョはここまでだと判断して、止めるために樹上から飛び降りた。ふと古い文学の言葉で「女というのは可愛らしく見えても凶暴で凶悪な猫みたいなものだ」「男の本性が悪だとしても、女の本性はさらに劣悪だろう」みたいな言い方があったはずだとため息しつつ(たしか、その言葉を残した詩人は「神は死んだ!」と絶叫して精神病院送りになったそうだが)。
3
ヤギョに抱き上げられて(薬草魔法での回復は時間がかかる)、どうにか連れられて生きてコテージに戻ると、町での仕事を片付けた姉のミーシャがいた。ちょうど炊事場で、鹿エルフのメイドと晩御飯の支度しているところ。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん! ねえ! 生きてるってとっても素晴らしいと思わない?」
「ど、どうしたのよ? ルチア、服がボロボロだわ! 血がついてるじゃないのっ!」
ルチアは本日に一度は潰された目から感極まって涙を流す。ご飯のシチューの嗅ぎ慣れた匂いがまるで天国楽園の芳香のようだった。
あとで経緯を聞いたミーシャは穏やかに「あの女、そのうちルチアと二人がかりで殺すわー」「魔族が人間を食べるなら、たまには魔族の魔女が犬の餌になることもあるでしょうね」「あんまり人間様を舐めてるとひどいわ~」などなどと、丁寧に包丁を洗って磨ぎながら呟いていたそうだ。
そう。彼女ミーシャも、彼女たち姉妹もまた「ハイエナ令嬢」と呼ぶに値する。かつて彼女たちの母親サリーがそうであったように。
ヤギョは(戦闘力でこそは勝るはずなのに)本能で恐れて「私は山羊エルフだよね」「人間はエルフを食べないよね?」と、つい確認してしまったという(温和な鹿エルフの鹿島にすら疑いの目を向ける)。ついぞ恐れることのない魔王であるはずの彼も、「肉食獣に囲まれた草食獣になった錯覚と得体の知れない戦慄に陥った」と述懐する。
(血は争えんな、サビーナめ)
木の上から姉妹の因縁の追いかけっこを見物していたヤギョはそうひとりごちた。
サビーナのヒステリックな狂乱ぶりと暴力本能の歓喜は、父侯爵が監獄要塞の「自殺志願部隊」(筋肉増強剤と麻薬で人間辞めて乱闘)とたまに交戦するときに見せる様子に似ている。それにサビーナの母親の魔族姫の邪悪な笑顔とも重なる。
ルチアはルチアで、人間の母親の、一見はお淑やかで人が良さそうでいて(性格は良い方だったが)、ものすごく気が強くてしたたかで人を食ったところと似ている。兄のアレクセイ自身も「父侯爵の息子で魔族の貴公子だ」と否定するが、明らかにあの両親の性格を混ぜたら「かくなりなん」というふうに感じられるが。
ついにサビーナがルチアに迫ったが、ルチアは途中で見つけた蛇を投げつける。魔族ならば毒蛇に噛まれてもそうは死なないからできる芸当だが、噛まれたら痛いし、投げつけられたら驚きはすることだろう。
「きゃはっ!」
やっぱり驚いたサビーナは、一秒足らずで殺意と怒りを取り戻し、修羅の形相に戻る。蛇を地面に叩きつけ、足で強烈に何度も踏み潰す。
だがその二三秒の隙こそが命取りだった。
サビーナが視線をあげたとき目にしたのは、逃げるルチアの後ろ姿ではなかった。逆襲に出た少女はまさに、両手で人の頭くらいの石を投げつけようとしているところであった(女の子だてらにも、魔族ハーフで火事場の馬鹿力だ)。
「はっ?」
息を呑んだサビーナの顔面に、直撃する。
衝突で歯と鼻が折れて、頭蓋骨が砕けたか?
ルチアはもう一つ、もう二回りも大きい石を持ち上げて、迷いなく倒れたサビーナの頭顔に投げ落とす。ゴッと鈍い生々しい音がして、肉が潰れて骨が砕けた。
「はぁはぁはぁはぁ」
殺人者の鬼気迫る表情のまま、肩で息をするルチアの目の前で、恐るべき奇跡が起きた。
なんと殺したはずのサビーナが立ち上がり、暗い光と共に治癒してしまう。紫色のどす暗いオーラをほとばしらせ、目は赤く光っている。どうやら事前に自動回復・復活の魔法を仕掛けてあったらしい(乳首ピアスに魔法アイテム)。
「え? 嘘でしょ! そんなのって・・・・・・」
「よくも、よぉくもぉやってくれたわね!」
「ひいいい!」
サビーナは鋭い爪で、万策尽きたルチアの顔を横に引っ掻く。少女の両目の眼球は破裂して、さらに髪をつかんで滅多殴りにされる。
「おーほっほほほほ! これで年貢の納めどきだわねえ!」
それでもルチアが悪あがきし、サビーナの太股に噛みついて応戦しているのは、牝のネコ科の野獣の闘争のようだ。凄まじいかぎりであった。
(ヤレヤレ)
ヤギョはここまでだと判断して、止めるために樹上から飛び降りた。ふと古い文学の言葉で「女というのは可愛らしく見えても凶暴で凶悪な猫みたいなものだ」「男の本性が悪だとしても、女の本性はさらに劣悪だろう」みたいな言い方があったはずだとため息しつつ(たしか、その言葉を残した詩人は「神は死んだ!」と絶叫して精神病院送りになったそうだが)。
3
ヤギョに抱き上げられて(薬草魔法での回復は時間がかかる)、どうにか連れられて生きてコテージに戻ると、町での仕事を片付けた姉のミーシャがいた。ちょうど炊事場で、鹿エルフのメイドと晩御飯の支度しているところ。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん! ねえ! 生きてるってとっても素晴らしいと思わない?」
「ど、どうしたのよ? ルチア、服がボロボロだわ! 血がついてるじゃないのっ!」
ルチアは本日に一度は潰された目から感極まって涙を流す。ご飯のシチューの嗅ぎ慣れた匂いがまるで天国楽園の芳香のようだった。
あとで経緯を聞いたミーシャは穏やかに「あの女、そのうちルチアと二人がかりで殺すわー」「魔族が人間を食べるなら、たまには魔族の魔女が犬の餌になることもあるでしょうね」「あんまり人間様を舐めてるとひどいわ~」などなどと、丁寧に包丁を洗って磨ぎながら呟いていたそうだ。
そう。彼女ミーシャも、彼女たち姉妹もまた「ハイエナ令嬢」と呼ぶに値する。かつて彼女たちの母親サリーがそうであったように。
ヤギョは(戦闘力でこそは勝るはずなのに)本能で恐れて「私は山羊エルフだよね」「人間はエルフを食べないよね?」と、つい確認してしまったという(温和な鹿エルフの鹿島にすら疑いの目を向ける)。ついぞ恐れることのない魔王であるはずの彼も、「肉食獣に囲まれた草食獣になった錯覚と得体の知れない戦慄に陥った」と述懐する。